MUJI BOOKS 人と物

ずっといい言葉を文庫で。
人と人物をつなぐ「人物シリーズ」です。

人と物6 「米原 万里」

ロシア語通訳として異なる文化の間を見つめつづけた
米原万里の「空気のような母なる言葉」など8編を収録。

米原 万里/ロシア語通訳、エッセイスト、作家
ロシア語通訳にして数々の文学賞を獲得した小説家でエッセイストの米原万里。プラハで過ごした多感な少女時代や世界を旅した通訳者時代の経験を通して、異文化交流の舞台裏をユーモアと毒舌を交えて解き明かしました。「シベリアの鮨」や「空気のような母なる言葉」などエッセイ8編の他、初公開の「くらしの形見」を収録します。

【目次】
くらしの形見
米原 万里の言葉
ちいさいおうち
シベリアの鮨
ドラキュラの好物
美味という名の偏見
ガセネッタ・ダジャレーノとシモネッタ・ドッジ
雨にも負けず日照りにも負けず
日本がかかえているいくつかの問題を一挙に解決する案
空気のような母なる言葉
逆引き図像解説 この人あの人

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くらしの形見

米原 万里さんがたいせつにした物には
こんな逸話がありました。

熟語集と辞典
熟語集、名句辞典、ことわざ辞典などを何冊も使い分け、書き込んだり付箋を貼って使い込むのがヨネハラ流でした。
ゴールドのブラウス
ロシア語通訳として日露を股にかけて活躍した80〜90年代、身に纏って幾度もダンスフロアを沸かせた黄金のブラウス。
大きなイヤリング
緊迫する仕事現場でも、プライベートな場でも、大ぶりのイヤリングとネックレスが、米原万里の代名詞でした。
楽茶碗
祖母の形見の黒い楽茶碗。四十路を過ぎてからお茶を点てはじめ、お茶うけには黄身餡を好み、清月堂の「おとし文」が好物でした。
ハルヴァ
プラハ時代、ほんのひと匙でその味の虜になった中近東のお菓子。
もう一度食べたくて東奔西走した逸話は『旅行者の朝食』に詳しい。
ちいさいおうち
小さい頃に、肌身離さず持ち歩いて、ボロボロにした絵本。
大人になってもう一度買い求めるほど大切にした一冊でした。
プラハ時代の思い出帖
帰国するとき、友人たちが寄せ書きしてくれたアルバム。
この両頁は親友でユーゴスラビア人のヤスミンカの絵とことば。
民族衣装の人形
遺品の中にあったエキゾチックな人形。その出で立ちは、濃いアイメイクと肩パットを好んだ本人によく似ています。

この人(プロフィール)

米原万里(よねはら まり)ロシア語通訳、エッセイスト、作家 (1950-2006)
東京に生まれる。9歳のとき、家族でプラハへ移住。1959~64年の5年間、在プラハ・ソビエト学校で学ぶ。75年、東京外国語大学ロシア語科卒業、78年、東京大学大学院修士課程修了。その後、ロシア語通訳の仕事を開始。国際会議での同時通訳の経験は数知れず。エリツィンゴルバチョフに信頼されるほど優秀な通訳として活躍したのち、文筆業に専念する。『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』などのエッセイや小説『オリガ・モリソヴナの反語法』で数多くの賞を受賞。