MUJI BOOKS 人と物

ずっといい言葉を文庫本で。
人と物をつなぐ「人物シリーズ」です。

人と物1 「柳 宗悦」

手仕事の日本をたずねて、各地を旅した柳宗悦。
名もなき日用品に美を発見した「雑器の美」他4編を収録。

柳 宗悦/思想家・美術評論家
日本民藝館を設立し、初代館長をつとめた柳宗悦。自ら創始した民藝運動の仲間たちと各地へ赴き、「手回りもの」あるいは「下手物」と蔑まれてきた手仕事のなかに、誰も気づかなかった「民藝」の美を発見しました。本書では、名もなき工人による無名の美を綴った「雑器の美」他4編と愛用品を紹介する「くらしの形見」を収録します。

【書籍情報】
MUJI BOOKS文庫 人と物1『柳 宗悦』
著者 柳 宗悦
定価500円(税抜き)
2017年6月1日 初版第1刷発行
ISBN978-4-909098-00-9 C0195

【目次】
くらしの形見
民藝
雑器の美
用と美
工藝的なるもの
藍絵の猪口
逆引き図像解説 この人あの人

購入方法:MUJI BOOKS全店及びネットストア
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くらしの形見

柳 宗悦がたいせつにした物には
こんな逸話がありました。

名刺
日本民藝館の初代館長をつとめた柳宗悦の活版名刺。紙は1931年に島根県出雲で出会った安部榮四郎の雁皮紙。日本の職人を訪ね歩き、民藝の美を掘り起こす旅のなかでこの紙を見出した柳は、現地の紙漉きを指導し、現在も生産される「出雲民藝紙」が誕生しました。
夫婦湯呑
民藝運動の盟友・濱田庄司が作陶した地釉の茶碗。柳宗悦と兼子夫人が晩年まで食卓で愛用しました。1919年に出会って以来、ともに民藝運動に邁進した濱田は、柳の没後の1961年に日本民藝館二代目館長に就任。柳家の食卓は、こうした民藝の同人の手でつくられた数々の食器で彩られていました。
日本民藝館の整理箱
日本民藝館の17,000点以上にのぼる膨大な蒐集品を整理する札を納めた箱で、もとは朝鮮の薬箱。整理札は陶・彫・書・繪・漆・染・木・金・職・紙など15 項目に分類されています。現在は使われていませんが、柳らが考案した整理術はいまもコレクションの収蔵に引き継がれています。
陶印「宗悦」
20代だった柳宗悦に陶磁器の魅力を伝えた陶芸家・富本憲吉。民藝運動にも参加した富本が柳のために作陶した染付の陶印です。書をよくしたためた柳はさまざまな落款を使い分け、この陶印のほかにも「宗」の字や日本民藝館の表彰を象ったものなど多数の印を愛用しています。
置時計
現在の日本民藝館西館(東京・駒場)にあたる旧柳宗悦邸の応接間で実際につかわれていた漢数字の手巻き時計。重厚感のある木材と真鍮の文字盤が使用され、毎日のように日本各地から訪れる客人をもてなす柳の背中で、朝鮮棚の上に置かれて時を刻みました。
原稿用紙
自ら創刊した民藝の機関誌「工藝」用にあつらえた原稿用紙。縦に18 升、横に20 升が並ぶ特注の版木で刷られました。現在の一般的な原稿用紙とは違い、薄い青地の升目に対して白の罫線が型抜かれていることが特徴です。筆墨で綴られた柳の文字と相性が良く仕上げられています。
ウィンザーチェア
生涯愛用した18世紀英国製のウィンザーチェア。1930年に主催した「イギリスの工藝展」で全国にその名が知れ渡りました。柳家では木漆工芸家・黒田辰秋が作った木製のダイニングテーブルと合わせて食卓で用いられ、その姿は日本民藝館西館で現在も観ることができます。
丸眼鏡
つるの先に日本民藝館の標章をあしらった朝鮮製の鼈甲メガネ。つるの半ばに金具が取り付けられ、コンパクトに折りたためる構造です。濱田庄司、河井寬次郎、棟方志功ら民藝運動の同志たちとお揃いの一品で、気に入った品が見つかるとすぐさま仲間と分かち合ってともに愛用しました。

この人(プロフィール)

柳 宗悦(やなぎ むねよし)/思想家・美術評論家(1889-1961)
「民藝運動の父」。通称は宗悦(そうえつ)。東京麻布生まれ。1910年、雑誌「白樺」の創刊に参加したのち、W・ブレイクや仏教の思想を通した美の追求の道へ。19年の朝鮮陶磁器との出会いをきっかけに、庶民の暮らしの道具に生きた美を発見し、共鳴する仲間たちと民藝運動を創始する。36年、東京・駒場で日本民藝館を開設し、初代館長に就任。日本や海外での手仕事をたずね歩き、生涯で蒐集したコレクションは17,000点におよぶ。著作に『手仕事の日本』(岩波文庫)など。