眠りは、はじまり

MUJI 無印良品

あなたの眠りをつくろう。

NPO睡眠文化研究会の鍛治恵さんは「眠りは、起きている時間につくられるもの」といいます。
よく眠れた日は、日中も生き生きと働くことができますが、実はその逆もしかり。日中をきちんと過ごした日こそ、夜、いい眠りを得られるのだそうです。丁寧な暮らしと上質な眠り。どうやらふたつは深くつながっているようです。鍛治さん、眠りはつくれるって本当ですか?

鍛治 恵

鍛治 恵

1989年、ロフテー株式会社に入社。快眠スタジオに配属後、睡眠文化の調査研究業務に従事。睡眠文化研究所の設立にともない研究所に異動。2009年ロフテー株式会社を退社し、フリーで睡眠文化研究を企画する。2010年よりNPO睡眠文化研究会 事務局担当。主な共著に、「日本のねむり衣の歴史」(吉田集而編『ねむり衣の文化誌』冬青社)、「眠りの時間と寝る空間」(高田公理、堀忠雄、重田眞義編『睡眠文化を学ぶ人のために』世界思想社)。睡眠改善インストラクターとしての著書として「ぐっすり。」(新潮社)。

眠りはちがう。 眠りは変わる

眠りの話になるとよく「理想の睡眠時間は8時間」、「90分区切りで起きると目覚めやすい」といったアドバイスが紹介されますが、実はそれらの多くは言わば都市伝説的なもの。眠りは本当に人それぞれで、だれにでも当てはまる「正しい眠り」というものはないんですよ。子どもとおじいさんではもちろん異なりますし、同じ人でも年を重ねたり、その日一日をどう過ごしたかによっても変わります。眠りは「ちがう」し「変わる」。とっても柔軟なものであるということを、まずはお伝えしたいですね。それから、よく「寝床に入ってすぐ何秒で眠れる」とか、「ベッドでないところでも眠れます」といった「寝付き自慢」の人がいますが、その人たちが眠り上手かといったら、必ずしもそうではないんです。むしろ、いつでもどこでも眠れるというのは、少し睡眠が不足しているという合図といえる場合も。では、いい眠りとは一体どういう状態のことをいうのでしょうか。

「ぐっすり」の正体は…

よく「いい眠り」、「快眠」は「ぐっすり」といった言葉で表現され、深い眠りを指すと考えることもありますが、ぐっすりの正体は、眠りの量・質・リズムの3要素のバランス状態といえるかもしれません。質とは「すぐに寝つけること」や「目覚めがよいこと」。そこに体内時計がつくり出すリズム、そして睡眠時間の量が掛け合わされ、3つの要素のバランスが整ったとき、その人にとってのいい眠りが得られて朝を迎えられるのです。しかし眠れた、眠れなかったというのは、あくまでも主観的な感覚です。客観的に見て誰にでもあてはまる定規はなかなかありません。そして眠りの質に関しては、残念ながら年齢とともに現状維持か悪くなっていくように人間の体はできています。年を重ねると、若いころのようにバタンキューで深い睡眠がとれて朝すっきりと目覚めることは、あまり期待できなくなっていきます。しかし、昔ほど寝られなくて朝早く目が覚めてしまうとか、ちまたでは8時間が理想と言っているけれども、自分は6時間ぐらいで目が覚めてしまう、というように感じる方も、それはその人の今の年齢・体が必要とする睡眠なので、日中の活動に支障がなければ、心配はいりません。量・質もだんだん変化してくる、それは普通のことなんですよ。

実は、昼間に決まります

眠りの仕組みを知って環境や習慣をうまく掛け算すると、「自分のぐっすり」を探せるかもしれません。眠りの仕組みは2つ。1つは体内時計。これは睡眠のリズムや、体温の上がり下がりなどをコントロールしている約24時間のリズムで、光や食事・運動などによって影響を受けます。もう1つは日中に貯めた睡眠欲求。どれだけ長く起きていて、どんな活動をしたかによって蓄積されていく、眠りに対するポイントのようなものです。これは食欲とよく似ています。あまり動いていないときにはお腹も空かないですよね。夜までにどれだけ眠りのお腹をすかせられるか、つまり睡眠欲を高められるかは、日中の過ごし方で決まるというわけです。眠りは必ず日中の活動とセットになっています。朝起きた時間、光を浴びた量、体温の変化、食事のタイミング、仕事をどれだけしたか、お風呂にはいったか。朝起きてから眠りにつくまでの時間を、体内時計をできるだけ乱さずにいかに活動的に、時にリラックスして過ごせたかによって、眠りは柔軟に変化するのです。これは逆をいうと「眠りはつくれる」ということでもあります。日中の過ごしかたを工夫すると、理想の眠りに近づけることができるかもしれません。

眠りはくらしそのもの

では、昼間のうちに睡眠欲求を高めて、体を整えておけば必ず眠れるようになるのでしょうか。残念ながら答えはNOです。もうひとつ大切なのが眠りの「環境」。体にふれる寝具の肌触りや寝室の明かりの暗さ、さらに言えば、住まい全体や暮らし方が影響してきます。日中をどう過ごすかということと、広い意味での眠りの環境とのかけ算、その結果が今日の眠りになります。先ほど「正しい眠りはない」といいましたが、正しい知識はあります。その仕組みを知っていただき、眠りに悩みがある方は、どんなことが自分の眠りの邪魔をしているのか、どうしたらもっとよく眠れるようになるのか、考えていただければと思います。眠りを考えることは、生き方を考えること。寝室だけを整える、夜だけ気をつける、というような工夫ではなくて、自分の暮らし方全体を見直すきっかけになれば、一見、回り道をしているようでも、結果的には眠りはぐっと良くなるのではないかと思います

「眠り道楽」のすすめ

すこし真面目な話になってしまいましたが、基本的に、眠りはもっと積極的に楽しんでいいものだと思います。先ほど眠りは食と似ているといいましたが、例えば食事なら、暑いときにはカレーを食べたいとか、少しすっぱいアジアンフードを食べてみようというような楽しみ方をしますよね。眠りも、真夏の夜は暑い地域の知恵がつまった寝具で寝てみるとか、ベッドを飛び出してひんやりつめたい床に寝床を移動してみるとか、逆に冬は寒い国の知恵を利用して、ほっこりこもって眠ってみるとか、世界のいろいろな地域の人々の眠りの工夫を気軽に取り入れてみると、楽しめるのではないかと思います。日本には四季があります。一年のなかで春や秋は比較的眠りやすい季節ですが、冬や夏は外気温からの影響が大きく、眠りが妨げられがちです。眠りは温度と密接に関係していますから、季節や気温によって眠り方を変えるのはとても自然なことなんですよ。

もっと、自由でいいんです

眠りはいろいろな環境の影響を受けて変わりますので、同じ人でも一定していないことは珍しくありません。むしろ毎日同じように眠らなければならないと感じている人がいれば、そこは少し解放してあげたいというか、大丈夫ですよ、といってあげたいです。これまで話してきたように、眠りはいろいろな要因で変化し、一定しなくても当たり前。逆に「そもそも、そんなもの」と思っていただくほうが良いかもしれません。つまり、夏と冬が全く違う環境であるように、若いときとシニアになったときの体が変わるように、その大前提をもう少しポジティブに受け止めていただいて、必ず一定に眠らなければ!というプレッシャーやストレスを感じないでいただきたいと思います。

眠りはスープづくり

以前にいろいろな人と眠りについて話をしているときに、眠りはスープづくりみたいな感じがするね、という話になったことがあります。レシピがあって、材料があって、手順があって、一つの型がある。しかし、その通りに作ってもみんな違う味になったり、出来がいい時と、悪い時とがある。同じ材料を使っても煮込み時間によっても変わるし、例えば、塩を多めに入れてしまったとか、最後の最後に塩ではなくて砂糖を入れてしまって台無しになることもあり得ます。ちなみにこれは何の時に思ったかといいますと、友人たちとあるタラソテラピーの宿泊施設に行って、一日、タラソテラピーでリラックスして「わあ、よく眠れそう」と言っていたのですが、夜、枕が高くて首が痛くなってしまったのです。そうするともう朝、最悪!みたいな感じで、「ああ、リラックスしていたのに、最後に台無しになっちゃったね」と笑いました。まさにこれは「最後に砂糖を入れてしまった」状態です。さらに思うのは、スープができあがったとして、そのスープをおいしく感じるか、まずく感じるかというところは、食べる人の舌によるということ。同じスープでも「全然味がない」という人もいれば、「塩辛いぞ」という人がいたりする。おいしさのとらえ方は違うし、変わるんです。おいしさ=いい眠り・ぐっすり感に近いとすれば、それは非常に複雑で、日中どう過ごすかによっても違いますし、レシピどおりにはいかないこともあるでしょう。いい眠りかどうか、実は本人以外は決められない…眠りとはそういうものなのかもしれません。