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【IDÉE TOKYO】バッチ作家 高橋彩子さん インタビュー(前編)

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2022/08/08

バッチ作家として活動されている高橋彩子さんはタイ、アフガニスタン、インド、中国、メキシコなどから民族衣装や装飾品を買い付けて、「バッチ」という新たな形として命を吹き込んだ作品を制作されています。そんな高橋さんに、作り始めたきっかけや制作についてお話しを伺いました。

前編 バッチをつくるようになったきっかけ
後編 制作で大切にしていること

 
アトリエ-12

(猫のメーくんと一緒に住んでいる高橋さんのアトリエへ向かい、お話しを伺った)



―高橋さんが今のように制作されるようになったのは、勤めていた編集社をお辞めになった後なんですね。

はい、編集の仕事をしていました。会社を辞めたあとも実家にいて、うじうじしていたんですが、そのときにちょうどBunkamuraでメキシコの画家フリーダ・カーロについてのアメリカ映画を観てメキシコに興味をもちました。

死者の祭り(メキシコの伝統的な祭り。死者の日:Día de Muertosに催される)ってご存知ですか?20年くらい前に死者の祭りを知って、行ってみたい!と思ったのをきっかけにメキシコへ行き、結局1年半くらい滞在していました。

メキシコのサン・ミゲル・デ・アジェンデ(San Miguel de Allende)でたまた出会ったモニカ(モニカ・ホスさん:女優・劇作家)の人形劇を手伝いながらユースホステルで生活していました。

住んでいたサン・ミゲル・デ・アジェンデはとてもきれいな街なんですよ。今でこそ高級な住宅街になっていてとても住めませんが、当時は世界各国のバックパッカーたちが来て語学学校に通うような街でもありました。
 
サンミゲルデアジェンデ


 
サンミゲル


 
サンミゲル

(メキシコのグアナファト州にあるサン・ミゲル・デ・アジェンデは世界中から芸術家が集う街でもある。2008年世界遺産に登録された。― 写真:高橋彩子さん)

ユースホステルでできた友達が語学学校へ行っている時間、私もなにかできたらいいなと思って街を歩いていたらエル・ニグロマンテ文化会館を見つけたんです。

ダンスやバイオリン、絵画、彫刻の教室があったんですが、そのうちのひとつにティテレス(títeres:人形劇)のクラスがありました。私はのっぽさんみたいになりたかったから特に惹かれました。

 
文化会館


 
文化会館

(サン・ミゲル・デ・アジェンデにあるCentro Cultural Ignacio Ramírez El Nigromante:エル・ニグロマンテ文化会館 ― 写真:高橋彩子さん)

インフォーメーションで子供向けの教室があることを教えてもらったので、行くことにしました。そしたらモニカが迎えてくれて、さっそくミシンを使えるか訊かれて、よくわからないままに縫ったりして子供達と一緒に遊んでいるうちに話の流れで明日もいることを言うと、大人のクラスがあるから来る?と誘われたんです。
その日に教室の鍵までくれて、いつでも自由に使っていいからと言われたのでユースホステルの友人たちを誘ってものを作って遊んでいました。

 
モニカ


 
モニカ
(モニカ・ホスさん ― 写真:高橋彩子さん)


それから少ししてモニカと一緒に食事していたときに、いろんな人を誘って一年くらいかけて作り上げる劇があるから一緒にやろうよ、と誘われたんです。

私はスペイン語ができないことを言ったら「あなたは英語も話せているし、大丈夫」と言ってくれて。それで母に電話してメキシコに住むことにしたって言ったら「いいじゃない!」って背中を押してくれました。そのあとスペイン語の辞書も送ってもらって、それで語学の勉強を始めました。

 
ロスオンブレス


 
ロスオンブレス


 
ロスオンブレス


 
ロスオンブレス

(人形劇 martina y los hombres pajaro.メキシコからアメリカへ出稼ぎに行った夫がアメリカで家族をつくってしまい、帰ってこないことが多い。そういう男のひとたちを“ロス・オンブレス・パハロ(渡り鳥のように渡ったまま帰ってこない男たち)”と呼ぶ。メキシコで長く問題になっているこの題材を扱ったモニカの脚本は、数多くの賞を受賞した。― 写真:高橋彩子さん)


当時は25~6歳くらいだったかな、若かったからビザや給料のこととか考えていませんでした。冷静に考えはじめるとできないってわかることも考えてなくて、そのまま住んでしまえばいいと思ってました。
 
辞書
(高橋さんのお母様が日本から送ってくれたというスペイン語辞書)

 
辞書
(日本で大してスペイン語を練習していないのに、だんだんスペイン語が上達したと言う高橋さん。“もともとおしゃべりなのもあるけど、しゃべりたいことが増えると話せるようになりました”)

―バッチ作りのきっかけはモニカさんだったんでしょうか?

いえ、バッチ作りについてモニカから技術を教わったわけではないんです。モニカからは生き方を教えてもらいましたが、バッチ作りは母が亡くなったことがきっかけです。

学生のときに沢木耕太郎さんの深夜特急を読んで影響を受けてタイへ行ったんですけど、そのときに民族衣装のハギレがついた小さなポーチを買いました。それから海外へ行くたびにそうした小さなポーチやハギレを買って、母へのお土産として渡していました。母はそれを「さえちゃんのお土産」と書いてあるクッキーの缶みたいなものの中に入れていたんです。

それからしばらくして母が亡くなり、自分のいろんなことが停滞しているなと感じていたんです。世界から取り残されている感がありました。母は60歳くらいで、亡くなる半年くらい前に手の施しようがない状態でわかったのですが、もっとできたことがあったんじゃないかなとか、いろいろ思っていたんです。


そんな時にクッキー缶を見つけて、ポーチについたハギレの、ここ綺麗だなってところを切ったときに、後悔のような気持ちや孤独感が全部昇華されていったっていうのかな、そういう感覚がありました。停滞していた世界が回り始めて、すごく元気になりました。母が死んだ事実は変わらないので落ち込んだりすることはもちろんありますが、もう大丈夫と思ったんです。

ものを作るのも好きだったけど、今までの「もの作って生活できたらいいな」という想いとバッチを作ったときの気持ちって全然違うんですよね。
自己顕示欲というか「これで有名になりたい」とかそういうのはなくて、これをやらないと空気が変わらない、これをやらねばという気持ちでした。だから、生きるためにやっていたように思います。

この材料はまた手に入るけどこれはもう手に入らないなとか、そういう手放しがたい材料や素材もあるんですよ。でも、そこで手元に残しちゃったら私の中で空気が止まってしまいます。あの空気が止まっている状態になるのはすごく嫌なんです。二度と嫌。
母が住んでいた家はどんよりしていたし、片付けに行くと空気が動いていない感じがあって、居心地が悪かった。お土産が入っていた缶の中に生地を閉じ込めてしまうと、また苦しかった精神状態に戻っちゃう。だから缶の中から解き放ちたいんです。

 
お母様の写真

お母様の写真

お母様の写真
(アトリエ兼お住まいにはお母さまの写真も飾ってあった。“母が人生の中で唯一行ったことある海外がメキシコなんです。私がいるあいだに行ってみたいと言っていました。日本語以外話せず、飛行機の中では何十時間も眠れず、画面の操作もできず、同じ映画をループ再生で5回くらい見たそうです”)


私自身は一個も作品を持っていないんです。こういうことを言うと「ぜんぶ売れてすごいですね」って言われるんですけど、作ったものが全部売れているってわけじゃないんです(笑)
もちろんずっと売れないで手元にあるものもあるけど、自分のものにしている感覚はなくて。とっておいてるわけではないんです。売れないバッチはバラしてまた違うものにしたりしています。

―ほかにも色々作ることができたと思いますが、なぜバッチだったのでしょうか?

私はこうやって使いなさい、と言われるのが好きじゃないんですよ。使い方が限定されてなくて、自分次第でいろんな使い方ができるものがいいなと思い、後ろにピンをつけてバッチにしたんです。

そしたらいくつかできてきたので、母が好きだった新国立美術館のスーベニアフロムトーキョーに営業をしたらお取り扱いいただけることになったんです。そのときに名前をつけなきゃなと思って、「あっちにもこっちにも行けるように」という願いを込めてアッチコッチバッチという名前にしました。3ヶ月で2個くらい売れたんですけど、お店の方から連絡が来たときはすごくうれしかったです。

―高橋さんはバッチ作りに救われたんですね。

はい、布を切り取っていくとき、風が通っていくような気持ちよさがありました。その感覚が忘れられないからバッチを作ることに救われているなと思うんです。だからあそこで山積みにされてる素材とかはすごく気になるので、どんどん作りたいですね。

 
takahashi


 
バッチ

>後編へつづく

高橋彩子さんの展示会は2022年8月29日(月)までJR東京駅グランスタ東京地下1階にあるIDÉE TOKYOにて開催中です。作品は手に取ってご覧いただけますので、ビビッとくる子がいたら、添えられている黒いカードと一緒にカウンターまでお持ちくださいませ。

<展示会概要>
期間 2022年7月29日(金)~8月29日(月)
場所 IDÉE TOKYO(JR東京駅改札内)
時間 10:00 - 21:00(定休日なし)

instagram
IDÉE TOKYO @ideetokyo
Saeko Takahashi @bacchiworks_saeko

<お店への行き方>
○場所
東京都千代田区丸の内1-9-1
JR東日本東京駅改札内
グランスタ東京 B1F スクエアゼロエリア 48番

①丸の内地下中央口から
改札入場後、銀の鈴待ち合わせ場所方面に直進。左手のはせがわ酒店を越えたら左折して直進。ピエール・エルメ隣。

②グランスタ地下北口から
八重洲・丸の内連結通路途中のグランスタ地下北口から入場し直進。右手のガトーフェスタ・ハラダをこえて左手。
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