ささやかだけれど、役にたつこと
「今日もなじみの誰かがいる」能登半島 | MUJIのポイントで寄付、支援

2026/02/04
(エッセイ・佐藤そのみ 写真・竹之内祐幸 文・編集部)

訪ねた人・佐藤そのみ
映画監督。宮城県石巻市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。在学中の2019年、故郷の大川地区でフィクション映画『春をかさねて』を住民らと制作。卒業制作のドキュメンタリー映画『あなたの瞳に話せたら』は東京ドキュメンタリー映画祭2020短編部門準グランプリ・観客賞を受賞。近作に「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2024」にて制作した短編『スリーピング・スワン』がある。
「今日もなじみの誰かがいる」コミュニティの再生
〈MUJI GOOD PROGRAM〉からできる寄付、今回の活動訪問は、世界中で自然災害や紛争等によって困難な状況にある人々へ今必要な支援を届ける特定非営利活動法人「ジャパン・プラットフォーム」(以下JPF)。日本のNGOや企業、政府、個人と連携し、一つの団体では成し得ない幅広い支援を届けている。今回はJPFが能登半島災害(地震・豪雨)の被災者支援の中で、加盟NGOが活動する公民館や仮設住宅の集会など3つのコミュニティ支援の現場を、映画監督の佐藤そのみさんと訪れた。
まずは公民館で行われていたランタン作りのワークショップへ。「ここに来れば、誰か知ってる人に出会える。それがもう嬉しくて、楽しみで……」と通い続ける女性。次の集会所では、1時間歩いて集会所に来て、スタッフと「生きてた!」と確認し合う90歳の男性。どの場所にも共通していたのは「誰かと気持ちや時間を交歓し、共有する喜び」であり、そうしたコミュニティはそこにいるみんなで作っていくもの、ということ。
仮設住宅の集会所「まちのの間」スタッフの垣久保さんは「衣食住の次の課題として、孤立という二次災害があります。それを防ぐにはコミュニティの再生が必要なんです」という。交流拠点「なごみ」の小栗清香さんから「ここは仮設入居者も、在宅被災者も、あらゆる立場や世代の人が集まり、つながりを持てる場所にしたいんです」と聞き、これは能登だけの話ではなく、今の日本の各地で急速に失われつつあるコミュニティを再生しようとすることが、人の孤立や社会の分断を防ぐ可能性がある、という私たちの生活にも通底する示唆にも思えた。
「ゆっくり、仲良くなっていく」 | よっていかん家 (輪島市)
JPF加盟NGOの公益社団法人ピースボート災害支援センターが運営する、コミュニティ支援。週4回、公民館や地域のスペースでランタンに水引き、コースター作りなどワークショップからモルックなどのスポーツまで交流イベントを開催している。参加者のAさんは「行けば知り合いの誰かがいるという安心感がある。はじめは誰も知らなかったんだけど、3回くらい通っているうちに仲良くなっていって。急ぐことはない、ゆっくりでいいんです」と笑った。



「居心地のいい場所は心のライフライン」 | 「まちのの間」(輪島市町野町)
こちらもピースボート災害支援センターが運営する、町野町の仮設団地近くに設置した交流施設。仮設住宅の方も在宅避難の方も来られるようになっている。避難所から仮設住宅に移ると交流が減り、孤立しやすいことがある。そんなとき、いつでも行ける、居心地のいい場所はもはやライフラインだ。取材中もひっきりなしに人がやってきて、顔なじみの住民やスタッフを見つけては、楽しいおしゃべりが始まる。





「世代も、距離も超えてつながる」 | 「なごみ」(能登町)
JPF加盟NGOの特定非営利活動法人パルシックが2025年2月に開設した交流スペース。元はプールとお風呂が併設されていた施設ということで開放感のある広いスペースに、地元の食材を使った料理が評判のカフェレストラン、キッズスペース(月1回こども食堂も開催される)、卓球場などが揃う、「世代を超えて交流できる憩いの場所」。








「そこにいること、ただ耳を傾けること」 文・佐藤そのみ
能登半島地震の発生からもうすぐ2年。2025年11月、私は初めて能登地方に赴いた。 あの日、自分が中学生の時に経験した東日本大震災と同じくらいの恐怖を想起し、現地の人の状況に想いを馳せながらも、その後ながらく足を運べずにいた。人々が“震災後”を生きる大変さと地域を覆う空気の重み、そこに外部からアクセスする難しさをぼんやりとイメージしたからかもしれない。輪島市や能登町内を移動する道すがら、未だ整備中の海岸や当時から時間が止まっているかのような街並みを見て、そのイメージはあながち間違いではなかったと感じた。でもそれ以上に、地元の人と交流する中で、「もう少し早く訪れるべきだった」という気持ちが膨らんでいくことになる。 滞在中は、被災地域の方々が集う、いくつかの場にお邪魔させてもらった。 輪島市里町の南志見公民館では、ピースボート災害支援センターが主催するサロン“よっていかん家”の中で、ランタン作りのワークショップが行われていた。小ぶりなランタンの和紙の壁面に、花や松などのかわいらしいモチーフが、参加者の思い思いの位置に貼られている。私が着いた時にはランタンはほとんど完成していて、お茶やお菓子を手に談笑している地域の方々に、お話をうかがってみることにした。まず何について聞こうか、突然外からやってきた身で話しかけて心に傷を負わせてしまわないだろうか、私がかつて宮城県石巻市で被災したことを伝えたら親しみをもっていただけるだろうか、なんて考えているのも束の間、皆さんの方から口を開いて様々なことを語り出してくれた。もしかしたら、こういう状況にすっかり慣れてしまっているのかもしれない。 私は余計な心配を一度捨てて、ただの一人の人間としてそこに座り、耳を傾けることにした。サロンに参加するのは3回目で、知り合いと会って話す時間がとても安心するのだということ、今まで足が向かなかったけど今日初めて参加してとても楽しめたこと、ランタンは仮設住宅に持ち帰って枕元に置こうと思っていること、地震の日のことを話すと今でも涙が出そうになるのだということ……、隣にいる方と一緒に笑顔を見せてくれる方も、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ方もいた。震災から月日が経ち、街の様相や住む場所が変わっても、人の心の回復には沢山の時間が必要だ。 全員のランタンが完成し、部屋の照明を落として、いざ点灯の瞬間。あたたかいオレンジ色の明かりが並び、参加者からは「わあっ」という歓声も上がる。

その光景に、私は東日本大震災の直後に足繁く通った、地元の公民館での日々を重ねていた。公民館は災害支援の拠点になり、ボランティアによるワークショップや交流の機会がいくつも設けられた。友人や地域の大人やボランティアもかわるがわる集っては、ただ一緒に遊び、お茶を飲み、一緒に笑う。津波で2歳下の妹を失って、以前の日常はもう戻ってこないのだろうと途方に暮れていた私にとって、この場所が大きな救いだった。 当時、私たち中学生のもとには、国内外から服やシューズや筆記用具など沢山の寄付も届いた。思いを寄せてくれる人たちの募金によって、開催すら危ぶまれていた地元の夏祭りで、見たこともないほど大きな花火が上がったのも覚えている。「寄付」を通して、顔も知らない遠くの人たちの気持ちも、確実に私たちの一日一日を輝かせ、そして今日に至るまで私の心を支え続けている。 同じ輪島市町野にあるコミュニティスペース「まちのの間」でも、一緒にコーヒーを飲みながら地元の方々のお話を聞いた。毎日ここに通って知り合いとお茶を飲んで話すことが日課なのだという方も何人もいた。スタッフも地元で被災したお母さんたちで、仮設住宅にいる方も震災前からの家に住む方も、気軽に通って心地良く過ごせる場。それぞれが日常でいくつもの苦労を抱えているかもしれないけれど、建物の中は、皆さんの笑い声とほっとする空気で満たされていた。まだここに来たことがない地元の方も、来ることができない方も、いつか訪れられるようになってほしい。その日までに、そしてそれ以降も、この場所がずっと続いていきますように。私も、まだ話し相手としては心許ないかもしれないけれど、またこの街に足を運ぼう。

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今回の記事で紹介した緊急災害支援プログラムはじめ、MUJIアプリではさまざまな社会課題に対する取り組みにポイントを通して寄付することができます(1ポイント=1円から)。
【ポイントでの寄付方法】
MUJI アプリ内の「マイページ」>「ポイントを寄付する」より、寄付先を選んでポイントを入力するだけで完了です。
詳しくは、無印良品の会員プログラム MUJI GOOD PROGRAM をご覧ください。
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