レビュー
無印良品の福缶 |「縁あってやってきた縁起物がなじんでいく心地よさ」 文筆家・甲斐みのり

2025/11/10
(写真・竹之内祐幸 文・辛島いづみ)
*今回の【応募期間】は2025年11月20日|木|10:00~12月1日|月|10:00 となります。
▶福缶の特集ページはこちら

甲斐みのり
かい・みのり 静岡県生まれ。文筆家。旅、散歩、お菓子、手みやげ、クラシックホテルや建築など主な題材に、書籍や雑誌に執筆。主な著書は『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『にっぽん全国おみやげおやつ』(白泉社)、『乙女の東京案内』(左右社)、『たべるたのしみ』『くらすたのしみ』(ともにミルブックス)など多数。
Instagram:@minori_loule X:@minori_loule

はじまりは2012年の正月。震災復興へと進む東北を応援したいという想いを込め、青森・岩手・宮城・福島の14種類の縁起物を缶に詰めて販売しました。その後も継続的に東北を応援しながらも徐々に地域を広げ、地域に根付いた郷土玩具の面白さをより多くのお客さまへお届けするために、幅広く日本の縁起物を紹介しています。

今年の干支、「午(馬)」はもともと郷土玩具の中でも人気のモチーフ

―― 2026年の福缶は、40種類の縁起物を集めました。そのうち、来年の干支・午にちなんだ「馬」のものは27種類。郷土玩具愛好家の甲斐さんから見て今回のラインナップはどうでしょうか?
甲斐みのりさん(以下、甲斐):郷土玩具は十二支をモチーフにするものが多く、中でも午(うま)はユニークなものがたくさんあるんです。今回の中では福島の「福うま」、奈良の「なみのりうま」とかすごくかわいいし、岡山の「福午」は北欧テイストでおしゃれ。福島の「来らんしょ午」や愛知の「開運招き午」などは擬人化されていておもしろいですね。

―― 馬は郷土玩具のモチーフになりやすいのですか?
甲斐:馬は昔から人間とともに生活してきたからだと思います。ボテッとした体型の馬は仕事をする馬で、荷物を運んだり、田畑を耕したり。スラッとしている馬は乗る馬で、競争したり、場合によっては戦ったり。ですから、子供が元気にすくすく育つようにとか、立身出世とか、そういった意味が込められているんです。
―― こうして並べてみると、みんなそれぞれ味わいのある「いい顔」をしていますね。
甲斐:工業製品ではなく、人の手から生まれるものなので、絵付けをした人の感性が出るんです。しかも、同じものでも1人ではなく複数人でつくっている場合、表情などに個体差が出てきます。それがいちばん表れるのは目。この人はアート系だな、イラスト風だから若い人が描いたのかなと、個体差を楽しむのも郷土玩具の面白さです。

東北を旅して郷土玩具に目覚めました。
―― 甲斐さんはなぜ郷土玩具にハマったのでしょう?
甲斐:もともと父が郷土玩具を集めていたんです。旅行したり、仕事で地方を訪れたりすると、必ずその土地の郷土玩具を買ってくる。昭和の時代はそういう家が多かったのではと思います。居間のテレビの後ろに大きなガラスケースがあって、その中にぎっしりと郷土玩具が並んでて。ただ、子どものころはそれがちょっと怖かった(笑)。
―― よくわかります。子どもの好きなキャラクターものとはまったく違いますから。
甲斐:そこに神様が宿っているようで、畏怖の念を抱かせるんです。そして、大晦日になると、父はうやうやしくその中から翌年の干支を選び、玄関に飾るので、それを見ると、ああ今年も年末だなって。
―― うーん、そうやって季節や年に区切りをつけていたのかもですね。それはまだ実家に残っているのですか?
甲斐:残しているものもありますが、わたしが郷土玩具の面白さに気づく前に処分してしまったものも多いんです。あらためて好きになったのは二十歳過ぎ。東北を旅したときで、宮城県の鳴子へ行ったら、町中こけしだらけ。売り物のこけしだけではなく、電話ボックスがこけしのカタチになっていたり。なんだこのかわいい世界は!って。そこからです。
―― 郷土玩具って、そこへ行って買うものだから、旅とセットみたいなところがありますよね。
甲斐:最近は、東京だと地方のアンテナショップで販売している場合もありますし、ネット通販で買えたりするものも多いんですよ。
―― 通販だと実物を見られないのですが……。
甲斐:いやいや、それはそれでカプセルトイを買うような感覚になれるんです。選べる楽しみもあれば、わからない楽しみもある。郷土玩具はやっぱり「顔」なので。買ってみて自分の家に置いたとき、最初は違和感があったとしても、「この顔が自分のところにやってきたんだ」と毎日見ているとなんだかだんだん好きになるんです(笑)。昭和の時代のガラスケースじゃないですが、玄関とかベッドサイドとか机の上とか、日々目にするところに飾っていると、馴染んでくるし愛着が湧いてくる。そして、いろんな郷土玩具がたまったら、月ごとや季節ごとに取り替えたりするのも楽しい。もともとは、無病息災を願い、節句などの節目に飾るものでしたから。

自然に還る素材でできています。
―― 郷土玩具は自然素材でできている、というのも特徴的ですよね。
甲斐:木、土、紙、藁。日本人は昔から、願いや祈りを込めるために、自然からいただき、自然に還ることのできる素材で人形をつくってきました。自然のものが尊いという感覚があるので。そして、それが東北地方に多いのは、冬になると雪が積もり、農作業ができなくなるから。春になったら販売できるよう、農閑期の手仕事で郷土玩具をつくるんです。
―― 無印良品の「自然」「天然」素材を大切にする、という考え方と通底している気もします。これらはそもそもいつごろから日本にあるんでしょうか。
甲斐:千年前からつくられているものもあったりしますが、だいたいのものは江戸時代後期ごろから発生しています。そもそもは、お土産やお守りとしてつくられはじめたそうです。そして、明治・大正・昭和と時代が変遷するにともない、全国各地で農民芸術のように広がり、その土地々々の農業に携わる人たちが、自分たちの生活を成り立たせるためのツールとしてつくるようになっていった、と。ですから、いまも兼業作家さんがほとんどです。週末にみんなで一緒につくるとか、年末に向けてみんなでつくるとか、そういうケースが多いですね。

―― 「福缶」の中身を日本地図のように並べると、地域色が出ているのがわかります。
甲斐:やっぱり海の地域だと海をモチーフとしているものが多いですよね。だるまは商売繁盛なので都市部に多いんだなとか、猫のお守りはネズミを捕ってくれるという意味で養蚕と結びついているんだなとか、そういうこともわかります。あと、赤いものが多いのは、魔除けの意味があるので縁起がいい。ですから、色に着目するのも面白いですよ。もともとは、赤、白、黒といったプリミティブな色使いのものが多いのですが、ピンクなどの蛍光色を使う「いまっぽいもの」も最近はわりとあるんです。
―― 確かに、今回の福缶にも現代的というか、「ニューウェイブ」と言いたいものがあります。色もそうですが、顔がどことなく漫画チックだったり、今のキャラクターグッズぽいものもあったり。
甲斐:郷土玩具は和菓子と同じで、新たなものが生まれてもいいとわたしは思っているんです。江戸時代に生まれたものでも、それが次のつくり手に継承されるうちに、表情がちょっとずつ変わっていくし、意味合いもちょっとずつ変わっていく。つくり手が減っている昨今、続けられなくなって廃絶してしまったものを地元の人たちが協力して復活させるケースも増えていて、そこから、まったく新たなものが生まれてくることがあっていいんじゃないかなって。

福缶の出会いをきっかけにその地への旅も楽しい。
―― 今回の福缶で気になるものはどれでしょうか?
甲斐:たくさんありますが、インパクトがあるのは通称おさるさん、熊本の「木葉猿 馬乗り猿」です。

甲斐:実は郷土玩具界の中でもスターなんです。欲しい人はすごく欲しいだろうな。あと、佐賀の「ハチマキ達磨」もいい。とってもいい表情をしています。そして、埼玉県越谷市の「豆十二支・午めおと」は実際に手に取ってこんなに小さくてかわいいんだと。

甲斐:三重県四日市の「素焼きなごみ土鈴」は音が鳴るのですが、魔を避ける意味もあります。

甲斐:郷土玩具って、小さなものも大きいもの同様に手間がかかるんです。こけしも張子も体験でつくったことがありますが、見た目よりもすごく難しい。まず形をつくるのが難しく、乾かすのにも時間かかる。この小ささに絵を描くのも手先の器用さが必要です。だからわたしは、小さなものを見るととっても愛おしく感じます。
―― 福缶はどの縁起物が入っているのか開けてのお楽しみということで、さきほど甲斐さんがおっしゃっていたように、カプセルトイのような楽しみもありますね。
甲斐:それがいいんです。運試しみたいな感じもあって。海外だと、フォーチュンクッキーやガレット・デ・ロワがありますが、その感じに似ています。縁あって自分のところにやってきたものを愛でるのはすごく大切なこと。それがどこからやってきたのかを知り、その地へ旅をしてみるのもすごくいいことじゃないかなって。そして、これをきっかけに郷土玩具に興味を持ってくれる人が増えてほしい。担い手が少なくなってきている郷土玩具を応援する気持ちで買ってくれるといいなと思います。
← 前の記事へ
← 前の記事へ
