IDÉE TOKYO併設のIDÉE GALLERYにて、2022年4月14日(木)から5月17日(火)まで画家・原陽子さんの個展“Future days”を開催中です。96年に武蔵野美術大学大学院を修了されてから、銅版画やモノタイプという技法を使って多様な色の重なりのある作品をつくる原さん。国内のみならず海外にもファンの多い方です。
そんな原さんに作品をつくるようになったきっかけや技法、生活と制作のつながりについて、アトリエにお邪魔してお話しを伺いました。
●後編はこちら
―個展開催いただきありがとうございます。今展では版画、ドローイング作品を展示いただいていますが、様々な方法がある中で原さんはなぜ版画を選んだのでしょうか?
子供のころに作っていた消しゴムはんこがはじまりです。はんこは一個彫って押していくと同じものがたくさんできます。そこに面白さを感じました。
私は女子美術大学付属高校に通っていたんですけど、そのときに加納光於(かのうみつお)さんという方の作品と出会いました。加納さんの作品はとても色彩豊かなんです。それまで版画は黒で線描のイメージが強かったのですが、こんなに自由で多彩な表現ができることに衝撃を受けて版画に興味を持つようになりました。
高校時代は版画を制作する機会ありませんでしたが、いつか版画をやってみたいという気持ちは当時からありました。
(大切に保管されていた過去の展示DMを見ながらお話しを伺った。初個展は埼玉県さいたま市にある柳沢画廊で1996年に開催)
―原さんの作品は振り幅が大きいですよね。
そこが難しいなと思っています。個展なのに「グループ展ですか?」と訊かれることが多いんです(笑)だから、どっちがいいんだろうなと思っています。
個展を目標にして制作するんですけど、作っている間にどんどん枝分かれしちゃうんですよ。ひとつのテーマを設けて作っていくんですけど、やっていくうちに寄り道して「こっちの方がおもしろい」と思ったものを作ってしまう。すると最初に作ったものと最後に作ったものの様子がかなり異なってしまう。根底に考えていることは変わらないんですけど、手法もトーンもぜんぜん違う。これを私のなかで徘徊と呼んでいるんです。
―原さん、またどっか行っちゃったってなりますね。
徘徊って本人のなかで目的があるんですよ。ただ、その目的を他人には伝えられないんです。行きつけばわかるんですけど辿り着けない。はじめに作ったものと最後に作ったものとで全然違うので、展示のたびに宿題が残るんです。いつも寄り道が多くて変わってきちゃう。よく言えば振り幅が大きいです。到達地点に向かって一直線がいいのか、あちこち寄り道していくことがいいのかは、わからないところですね。
たとえばこのEscapeっていう作品だと、テーマは自転車なんですよ。言葉の意味から“現実逃避”とかそういうネガティブな意味に捉えられがちなんですけど、これはロードレースの“逃げ”が題材なんです。2018年ジロ・デ・イタリアというレースで、あるチームの大逆転があったんですよ。一人で山岳コースを80kmも追走する集団から逃げ切ってしまったんです。最終的にはその選手が総合優勝にまでいって、家で見てて「わぁー!」って拍手していました。そういうワクワク感を盛り上がって描いていたシリーズです。
(どちらもEscapeだが、かなりトーンは異なっている。2枚目の作品は今展でも展示中)
-この2枚だけでもかなり違いますね。たしかに同じ人が描いたとは思えないです。制作のときには原さんのなかにあるイメージがベースになっているということは、実態のないイメージを描きたいということでしょうか?
はい、自分のイメージってなかなか言葉にして説明するのが難しいんですけど、そういう言語化ができないものを伝えたくて表現方法を模索しています。その時々で「これかもしれないな」というイメージをつかんで描いています。
-制作していて“これは100%イメージ通りにできた!”と感じることはありますか?
100%はないですね、作っているときの達成度は80%くらい。もちろん観ていただく上では自分のなかで決めているラインを越えた作品をつくって展示するようにしていますけど、ここがイメージに近いな、という及第点です。それでもしばらく経ってみると「違うよなぁ」と思うことが多いです。
―なかなか到達しえないから違うやり方をいろいろ試みているんですね。
<制作について>
―原さんの作品を見ていると親近感が湧いてきます。
絵を見るっていうのはまだハードルが高い部分はありますよね。おもしろい・おもしろくないとか、好き・嫌いという直感や感覚を優先して見ることができればいいなと思います。
絵を見るだけでなくて描くことへのハードルも低くなるといいなと思っています。私は美大で昨年度までドローイングの授業を受け持っていたのですが、ドローイングが得意で自由に描ける学生もいますが、時間をかける細密描写やモチーフを忠実に描く事が得意な学生は逆にドローイングが苦手なことも多いんです。
そういう時にはまず、線だけで描く、一つの画材だけで作る、たとえばマスキングテープだけを使って制作といった提案をします。線を引く、線を重ねる、テープを貼る、それだけでも手を動かすきっかけになります。
私自身も何も思い浮かばない時は、ひたすら紙に点を打っていたり、ペンでハッチングだけしていることもあります。ハッチングをして線を重ねていくだけでもトーンが微妙に変わっていくんですよ。
(線を重ねるだけでも絵になる。ここから始まって自分の好きな絵を探していくのかもしれない)
こういうふうに線を繰り返し重ねていくと濃くなっていくじゃないですか。これだけでも絵になっていくんです。絵が描けなくてもなんとなく形になっていきます。
―こちらはなんでしょうか?
ネタ帳ですね、こういうのを元ネタにして作品につなげて行きます。
(ドローイングをまとめたファイルを取り出す原さん)
(書棚には大量の画集、本、そしてドローイングのノートなどがまとめられている)
―たくさんありますね、今まで描いたほぼすべて保管されているのでしょうか?
捨てないようにしています。体調にもよるんですけど、描いているのはとにかく楽しくて。コラージュをつくるのも大好きです。ドローイングは「描こう」と身構えることすらも手放していて、楽しくたくさん描けます
(描いたドローイングが収められているバインダー。一枚の作品が出来上がるまでの時間が垣間見えた)
原さんのお話しからは描くこと自体が好きな気持ちを感じられます。奥深い絵の世界ゆえに「上手に描けないといけない」という先入観がついハードルを高めてしまいますが、思いのほか取り組みやすい一面があることも教えていただけました。
後半では生活と制作が密接につながっていることについてお話しを伺っていきます。
〇つづきを読む
【原陽子 個展 “Future days”】
期間:2022年4月14日(木)~5月17日(火)
場所:
IDÉE TOKYO
<お店への行き方>
○場所
東京都千代田区丸の内1-9-1
JR東日本東京駅改札内
グランスタ東京 B1F スクエアゼロエリア 48番
①丸の内地下中央口から
改札入場後、銀の鈴待ち合わせ場所方面に直進。左手のはせがわ酒店を越えたら左折して直進。ピエール・エルメ隣。
②グランスタ地下北口から
八重洲・丸の内連結通路途中のグランスタ地下北口から入場し直進。右手のガトーフェスタ・ハラダをこえて左手。