くらしのくふう
不便を楽しみ、自分らしく住まう|くふうを楽しむ3組のくらし②

2025/02/13
好きな食べものが人それぞれ違うように、家と人との関係も人の数だけ異なります。大切なのは、“どんな暮らしをしたいか”という想いと、それを実現するための工夫。小さくても自分の思い通りに過ごせる一人暮らしのワンルーム。趣味や仕事、好きなことを存分に楽しむアイデアが詰まった住まい。「こうなったらいいな」を積み重ねて、家族と一緒に作り上げた家。3組の家を訪ね、それぞれの「くらしのくふう」を見せてもらいました。
緑豊かな静岡県・伊豆の国市に、家族5人で暮らしながら作陶する、陶芸家の渡辺隆之さん。6年前、友人の紹介で住むことになった築45年の一軒家を、自分たちの手で修繕。1年半がかりだったといいます。
「以前一人で住んでいた築100年以上になる米蔵は、制作スペースとしては広くてよかったんですが、すごく寒くてお風呂もなくて。今度は暖かくてお風呂のある家にしたいと、壁や天井を壊して断熱材を入れるところから始めて、まるごと改装しました」

緑に囲まれた家。
ゆるやかな傾斜に沿うようにして建つ家は、入口がある2階が住居で1階が工房。中庭を挟んで建てた小屋も、土台からすべて手作りした制作スペース。念願だったお風呂には、自身で取り付けたソーラーパネルの熱で沸く温水器を使用しています。「太陽光でお湯の温度が勝手に上がるので手間もかからず、冷めにくくて本当に暖まる。お風呂に入る度に、太陽が沸かしてくれたんだなとありがたく思えます(笑)。地球のために何かしようという意識からソーラーにしたわけではないですが、自分のためにお風呂を沸かすのに灯油やガスを使うのはもったいないような気持ちがあって。家を作った時も、もちろんお金の都合が大きかったものの、製材屋さんにもらった端材で棚や椅子を作ったり、カセットコンロの他に炭の七輪も取り入れて魚を焼く時に利用したり。不便だけれどそれが楽しいし、自然とおいしく食べることにもつながっている。そういう暮らしがいいなと考えています」

冬瓜を押し付けてうつわ成形のためのくぼみを作る渡辺さん。作業着は無印良品のフランネルシャツ。

工房に並ぶ制作中のうつわ。
つくることと、くらすこと
手に入れようと思えば何でもすぐに買えてしまう時代に、少しの制限がある状態をあえて受け入れて楽しむ。自分たちで一つひとつ工夫を重ねて作り出すことで、渡辺家の愛着のある空間は生まれているようです。それは、ものづくりにも少し通じるところがあるかもしれない、という渡辺さん。
「大きな球体の作品も、地面に半球を掘ってそこに粘土を貼り付けていく、すごく効率の悪い方法で作っています。本来なら石膏の型を使えば、時間も短縮できて失敗も少ない。でも、“地面から生まれてくる”という感覚が、自分にとっては一番大切で。最終的に同じ球体ができるとしても、ラクなやり方でやっていたら、自分が球体工場の工場長のような気分になって、作るのが嫌になってしまうと思うんですよね」

「壁に付けられる家具フック」は、工房で掃除用のほうきを吊るすのに使用。

マグネット付きの「壁に付けられる家具 長押」。
土、水、木、植物など、すべて身近な土地の素材で作られている、渡辺さんの焼きものやオブジェ。それが自然に寄り添う、有機的なかたちにたどり着くまでには、さまざまな葛藤や試行錯誤がありました。「それまでは壺や茶碗など作りたいかたちがあって、この土と釉薬で、温度はこれで、と頭で考えてやっていましたが、ごみを製造しているような気になってしまって。インドで小さな土器を紙コップのように使い捨てる人たちを見て、土から生えている木を切って、その木を燃やして火を起こして、できた陶器のかたまりがまた土に戻っていくようなことを実践してみたいなと思いました。今は、身近にある素材を組み合わせてできたかたちをどう受け止めるのかということなんだというのはわかったけれど、それを自分自身に落とし込むのには時間がかかって。今もそれを続けている状態ですね」

テーブルにしていた木を背もたれにして、2つ並べた「脚付マットレス ポケットコイル」。

「体にフィットするソファ」に座って読書中。ところどころに渡辺さんの作品も並ぶ、飾り棚もお手製。
そんな葛藤のなか、作業着にしているのは、無印良品の服。ほかにも冷蔵庫やベッドなど、無印良品の商品が空間に馴染んでいました。「ここには、うつわや家具など、自分で作ったものや譲り受けた古いものもたくさんありますが、無印良品のものもいろいろ使っていますよ。無印良品は現代の民藝。その時代に必要とされているものとして求められて、できるべくしてきちんとデザインして作られた、優秀な工業製品だと思っています。自分がその方向で勝負しようとしても絶対に勝てないから、すごいなと」

窓辺に置いた子どもたちの勉強机「スチールパイプテーブル」と「スチールパイプ折りたたみチェア板座」。

手作りのウッドデッキでティータイム。テーブルと椅子は「中でも外でも使えるアルミ家具シリーズ」。
作品づくりだけでなく、生活にも細やかな思想を感じられるのが渡辺家流。この空間に流れる豊かさは、何かと向き合うちょっとした時間の賜物なのかもしれません。「最近ようやく自分の思いや考えを表現する分身のようなものが、少しずつ作れるようになってきたかなと思います。自分の言葉を無理なく作品というかたちにしてコミュニケーションできたら、なんて素晴らしいんだろうと思って日々過ごしていますね」
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