部屋は私でできている
「使う人の色を足していける、無印良品のデザインが好きなんです」スタジオドーナツ

2025/10/18
今回は、家具やプロダクトを含め、空間づくりを手がける設計事務所〈スタジオドーナツ〉のオフィスへ。代表の鈴木恵太さんと北畑裕未さん、そして3人のスタッフが働く空間には無印良品の数々があちこちに。余白を残し、空間を完成させる最後の一手を使い手に委ねるデザインを得意とするスタジオドーナツ。彼らのデザイン思想は、「あらゆる人の思いを受け入れられる自在性」を目指す無印良品のものづくりにも重なっている。
(取材・浦本真梨子 撮影・日野敦友)
スタジオドーナツ
鈴木恵太さん・北畑裕未さん夫妻によるデザインユニット。有限会社ランドスケーププロダクツを退職後、2015年に設立。ホテルやレストラン、グローサリー、個人宅など大小さまざまな空間を手掛ける。
https://www.studio-doughnuts.com/
Instagram:@studio_doughnuts

街角に佇む、元“そろばん塾”のオフィス。




東京・中央線沿線の街角にひっそりと佇む、築50年ほどが経った木造の2階建て。スタジオドーナツの事務所は、かつてそろばん塾として親しまれてきた建物をリノベーションしたもの。ガラス扉を開けると、代表の鈴木恵太さん、北畑裕未さんが出迎えてくれた。二人の向こうには、スタジオドーナツの提灯がぶら下がっている。スタジオドーナツの和やかな雰囲気がそのまま表れているようで、思わず笑顔になる。
2人がこの場所に事務所を構えたのは6年ほど前。
「JR線沿いで事務所を探していた時、見つけたのがこの物件でした。当時はまだ僕たち2人だけだったので、ちょっと広すぎるかなと思ったんですけど、今はスタッフが3人に増え、1階を打ち合わせスペース、2階を作業部屋として使っています」と鈴木さん。
事務所には、そろばん塾だった頃の名残があちこちにある。たとえば、1階の打ち合わせスペースの奥。今はキッチンとして活用しているが、そろばん塾に通っていた子どもたちのプリントを収納していたと思わせる棚があり、そこに調味料や食品、食器などを分けて入れている。
「昼食は手が空いている人が作っています。スタッフはみんな忙しいので、大体、鈴木か私が作ることが多いですね(笑)。長野県佐久穂町のらくら農場さんから野菜の定期便を頼んでいて、届いたものでメニューを考えたり、感想を言い合ったり。そんなふうにみんなで楽しんでいます」(北畑さん)
そして、「ご飯を炊くときに便利なんですよ」と見せてくれたのが、ダイヤル式のキッチンタイマー。今年、福岡で参加したポップアップイベントでドーナツを提供したときも活躍したという。
そういえば、「どうして〈スタジオドーナツ〉なんですか?」と聞くと、おもしろい答えが。
「実はドーナツとは全然関係なくて(笑)。二重丸という意味を込めてつけました。あと、アーティストの松尾由貴さんが『アメリカ人にとってのドーナツは、日本人のおにぎり のような日常的な存在なんだよ』と教えてくれて。自分たちもそういう存在でありたいな、と」(鈴木さん)
「誰にとっても使いやすく」が基本。




「居心地のいいオフィスづくりのポイントは?」と尋ねると、鈴木さんは「それはむしろ僕たちが教えてほしいくらい(笑)。オフィスの設計って、あまりしたことがないんですよ」と、肩の力の抜けた答えが返ってきた。
案内してもらった2階の作業スペースの中央には、5人分のデスクが置かれ、窓際を自作の棚がぐるりと囲む。そこに、ずらりと並んだ無印良品の小物収納ケースが。
「ポストイットやクリップなど細々とした文房具を入れています。みんなが使いやすいように」(北畑さん)。
その横には、無印良品のファイルボックスに入った色見本やカタログといった資料類が並んでいる。
「カタログって、仕切りがないとすぐ倒れるんですよ。どうしようかと思ってたら、無印のファイルボックスがジャストサイズで。しっかりした作りなので、ボックスごと運べるのもいいですね。1階で打ち合わせをする時にさっと取り出して持っていける。カタログも資料も増え続けていく一方ですが、それに合わせてこのファイルボックスも買い足していける。拡張性があるところも無印良品を選ぶ理由の一つです」
スタジオドーナツでは、ここ数年で大小さまざまな案件が増えてきた。常駐スタッフ3人に加え、時には同業の仲間たちも訪れる。
「私と鈴木は小柄ですが、スタッフの中には身長の高い人もいる。整理整頓が得意な人もいればそうでない人もいる。体格も性格も違う人たちが集まって一緒に働く場所なので、見た目の美しさだけでなくて、どんな人にとっても使いやすさを心がけることも大事なのかなって。そういうところも居心地のよさにつながるところかなと思います」(北畑さん)
使う人の手によって完成するデザイン。

無印良品の魅力について聞くと、北畑さんは「ロゴがなくて、主張が前に出ていないことに尽きると思う」と言う。
そこに惹かれるのは、きっと、自分たちのデザインに共通している部分があるからだ。
〈スタジオドーナツ〉では、シンプルなトイレットペーパーホルダーをオリジナルで制作しているが、商品化するにあたり、議題にのぼったのが「ロゴを入れるかどうか?」だったという。
「目立つ場所にロゴがあると、空間の中で急に主張してしまう気がして。それよりも、日常の風景になじんでほしいから、ロゴは裏側の見えない位置に入れました。僕たち、“自分のデザイン”を強く押し出すことがあまり得意ではないんですよ(笑)。むしろ、クライアントさんの雰囲気や好みを汲みながら、『こういうのが合いそうですね』と会話をしながら、形を作っていく方がしっくりくる。仕上がりも余白を残して、使う人の手によって完成していく空間をつくれたらいいなと」(鈴木さん)
家やショップやレストランなど、プロジェクトはさまざま。でも、いずれも一貫しているのは、そこで暮らす人や働く人の色を足せるような部分を残すこと。それは、あらゆる人々の生活を受け入れる無印良品のシンプルな商品にも重なっているようだ。
もう、手には入らないけれど。



これから紹介するのは、現在は販売されていない、過去の無印良品のアイテムたち。いわば“オールドMUJI”だ。
鈴木さんと北畑さんが昔から惹かれてきた無印良品のアイテムに宿った思想は、今のプロダクトにも脈々と息づいている。過去の名品を見てもらうことで、そのDNAやものづくりの視点をより立体的に感じていただけたら――そんな思いであえてここで紹介させてほしい。
デザイナーの2人が長年愛用している無印良品の名品たち。そのひとつが、25年以上使い続けているというCDラジカセだ。
「ブロダクトデザイナーの西堀晋さんが手がけたもので、どこか“近未来”を感じさせる、無機質で硬派なデザインが気に入っています。ハンドル部分のギザギザの意匠もいいですよね。これで毎朝ラジオを聴いています」(北畑さん)
CDプレイヤーはいまも現役で、静かにオフィスに佇んでいる。時代を超えてなお存在感を放つ美しい姿は、単なる日用品という枠を超え、二人の活動と共に歩んできた、相棒そのものだ。
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