私がMUJIを着る理由
「美って、日常にあるんですよ。自分のスタイルが美となる」北村道子(スタイリスト)

2025/01/17
MUJIを着るひとは、なぜMUJIを選ぶのだろう。ベーシックなデザイン、値段と質とのバランスなどそれらしい理由は浮かぶ。しかし、実際は朝、袖を通したときの感触や気分、店やスタッフから漂う空気やたたずまいなど、もっと個人の感覚や背景、ストーリーの中で選んでいるのではないだろうか。そう思ったとき、一人ひとりにMUJIの服を選ぶ「ワケ」を聞いてみたくなった。連載一回目は、数多くの記憶に残る広告や映画衣裳を手がけ、現在は国内外のファッション誌を中心に活動するスタイリスト北村道子さん。優れた分析力でブランドの魅力を紐解きつつ、やがて北村さんが人生の中で大切にしてきた「美」の話へ。(取材・小柳美佳 撮影・日野敦友)
※着用商品は本人私物のため、販売終了しているものがあります。予めご了承ください。
北村道子
石川県生まれ。映画『それから』(森田芳光監督)、『メゾン・ド・ヒミコ』(犬童一心監督)などの衣裳や広告を手がけ、70歳を機に軸足をファッション誌へ移す。著書に『衣裳術』『衣裳術2』(リトルモア刊)など。シネフィルとしても知られ、最近のおすすめは、2025年1月31日公開予定の『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(ペドロ・アルモドバル監督)
「私にとってのMUJIはベージュとグレーと生成」
「MUJIとの出会いは1990年代後半のパリ。当時のヨーロッパはベネトンを代表とするカラフルなブランドはありましたが、全部がベーシックな黒・白・ベージュという色展開のMUJIは、フランス人にとって新鮮に映ったと思います」
以降、北村さんの研ぎ澄まされた審美眼とフラットな目線によって選ばれたワードローブには、ハイブランドと共に年代を問わずMUJIの服が並ぶ。撮影当日、颯爽と現れた北村さんは、MUJI Laboのキャメルのダウンコートをまとっていた。
「新宿ピカデリーで映画を見たあと、同じビルに入っている新宿靖国通り店でコートを買いました。ベージュが好きなんです。中に着ているカシミヤセーターは、7年ぐらい前に経堂コルティ店で購入。私、必ず色違いで買うんですよ。グレーとベージュを2枚重ねて着るんです」
同じSサイズを重ねることで、セーターの袖やネックラインから下の色が数ミリ出る。そうすると、厚みが出てくるそうだ。なぜグレーとベージュを着るのか? と問うと、自然素材では白と黒は存在し得ないから、と明確な答えが返ってきた。
「カシミヤ100%で白だと少しケミカルに感じてしまう。私みたいな性格だと、ちょっとリアルじゃないなと思ってしまう。コットンやカシミヤなど自然素材が好きなので、私にとってのMUJIはベージュとグレーと生成。着るときは、他のブランドとマッチング。MUJIはハイブランドとよく合うんです」

「動作で生じる歪みをスタイリングに生かす」
ワンブランドを避けるのは、ポイントを入れたいから。そして、どこかに歪みが出る着方が好きだからという。それは自身の着こなしにも、仕事にも反映されている。
「人間の動作で生じる歪みを全部スタイリングに生かすんです。だから50年近く衣裳にアイロンをかけたことがありません。撮影のときも綺麗に直すのではなく、モデルが着たまんま。
私は一つの洋服を分析するタイプ。先日も俳優の撮影のときに、トップをタックインした方がいいなと思って中に入れた。すると、雑誌サイドがつけてくれた初めてのアシスタントが、ブランドのコレクション画像を見て『あ、これ、タックアウトして着るみたいです。直していいですか』と言うわけです。私は思わず『何を見て仕事しているの?』と訊いてしまった。だってそうでしょう? モデルだったらブランドのコレクション通りでいいかもしれないけれど、俳優がこのページを任されているのに、なぜ目の前の彼女自身を重要視しないのかって思う」
だから嫌われることも平気で言う。なぜなら、その仕事をよくしたいから。そして、つねに“着るひと”を多角的に見つめる。

カシミヤセーター、カーディガン、スウェット、ワッチキャップはすべてベージュとグレー。バッグはメゾンブランドのもの。「徹底的にこのカラーコーディネートが私にとってのMUJIです」

カーディガンのUVカット フレンチリボンボレロ(販売終了)をストールのように着用。ベージュとネイビーの2色を購入したそう。

「いま着ているカシミヤクルーネックセーターは、袖リブの長さと首の開きがパーフェクト。最近の商品はリブの長さも襟ぐりも違うので、昔買ったこのセーターを着続けています」(販売終了)

帽子は、おでこのチクチクを抑えた ウール混 リブ編み ワッチ(販売終了)。「リーズナブルな買い物ができるのがMUJI。そういう洋服があるだけでプライオリティとしては高いんです」

「MUJIのスウェットパンツは4本持っています。靴下を見せたいので、4本とも裾のリブをカット。だって全部がグレートーンだと面白みがないじゃない」
「美は日常にあるもの」
「MUJIのボタンダウンや定番のレギュラーカラーの綿シャツも結構着ています。ポリエステルが入ってなくて、レディースに関してはポケットもない。こだわっていないところが良いんですよ。それと、生成のチノパン。ベルトループを全部取って、ローウエストではきます。結構ボロボロになるまで着ていますね。でも最近チノパンやTシャツがオーバーサイズになっていてジャスト派の私としてはちょっと様子見です。着こなしは、体のラインのどこかを締めることが美しいと思うから。私のTシャツの概念というのは、首にピッと沿うこと。ウエストは首の約2倍と言われていて、私はずっと首回り36センチを選んでいます。なので、40センチを着るとどうしても見苦しくなる。やっぱりSサイズ・36センチの綺麗なTシャツを着ていたい」
人体を研究した上で、ミリ単位の差異を知り、洋服の着方を工夫する。そこには、日々身体性と向き合ってきた北村さんの美学がある。
「最後まで自分の美は持つべきだと思う。それがその人の究極のスタイルになるんですよ。私は普通の人間ですけど、76年間こういう生き方を重ねていると、それが北村道子のスタイルってまわりが決めてくれるんです。それが美に繋がっている。日常なんですよ、美って」
次の記事へ→
次の記事へ→