古くから栗を栽培していた平松農場で杏も栽培を始めたのは30年ほど前のこと。信州というと杏も有名ですが、そのほとんどは千曲市。至近とはいえ傾斜地の多い千曲市とは異なり、小布施町は平坦な土地が多く、栽培技術も異なりました。「はじめは試行錯誤の連続でした。栗も含めて全国的に産地が少ないので、各地の生産者のところへお邪魔して教えてもらったりしました」そう話すのは、平松農場13代目の平松幸明さんです。
比較的、暖地で栽培の多い栗においても、冷えやすい小布施の気候は難しく、特に春先の霜には相当、神経をとがらせているといいます。最近では暖冬と早すぎる春の訪れのなか、再び寒の戻りがあることもしばしば。「春にまず杏が開花し、その後、栗が開花していくのですが、そのタイミングで霜が降りてしまうと、一気にやられてしまうんです…」一見、イガに包まれて頑強に見える栗も、雄花や雌花が開花したタイミングというのは、はかないもののようです。
こうした厳しい気候に、ただ手をこまねいて見ているだけではありません。最近では、茶畑などでもよく見られる「防霜ファン」という霜の被害を防ぐ送風機を設置するなど、対策に余念がありません。それでも、想像以上の勢力まで発達する台風など、昨今の気候の変化には激しいものがあると話します。「農業は基本的に1年に1回しか経験できないなか、こうした気候の変化に対応していると、まだまだなんですよね。自分は50代になりましたが、まだまだこれからです」
実は農家を継ぐつもりのなかった平松さんでしたが、専門学校卒業後、父親に「一度、海外に行ってこい」と指南され、ワーキングホリデーの制度を使ってニュージーランドやオーストリアで農業研修に出ていたようです。それこそが父親の敷いたレールだったことに後から気付いたといいますが、海外での古いものを大切にする姿勢などに感銘を受け、帰国後には家業を継ぐことは自ずと決まっていたようです。
「かつて栗から果樹に切り替える農家も多かったなか、家には継がれてきた栗と杏がある。そんな小布施の風景を残していきたいんですよね。父親からは勝手にやれと渡されましたが、自分の代ではそれを少し体系立てて次の世代に継いでいきたいです」平松農場の栗と杏にはそんな平松さんの想いが詰まっています。