辻さんが東京から山形に移住したのは2011年のこと。南陽市で農業を営む叔父さんの手伝いのために移住を決めたといいます。南陽市は山形県南部の置賜盆地に位置し、北部は山地で南部に沃野(よくや)が広がり、農作物の栽培に適した土地柄。盆地特有の昼夜の寒暖差により、暖かな昼間にたくさんの養分を蓄え、気温が下がる夜には栄養(糖分)の消費量が抑えられることで、甘くおいしいフルーツが育つことで知られています。
「昔からちょくちょく訪ねていましたが、子どもの頃は自然が豊かだなといったぐらいの感覚でした。ただ、東京でITの仕事をしている内に、あの自然に囲まれた環境に身を置きたい、後世につないでいきたいという考えに変わっていったんです」と辻さん。桃源郷という感覚まではなかったようですが、当時、叔父さんには子どもがおらず、このままだと跡継ぎ不足で、あの豊かな環境が失われてしまうという危惧もあったと辻さんは振り返ります。
はじめは叔父さんとの距離感を確かめつつ、住み込みでお小遣いをもらいながらスタートしたという辻さんの農家人生。やがて叔父さんがつくっていない作物をつくってみようという考えに至ります。「叔父には叔父のやり方があって、それは長年の経験がベースとなっています。僕からとやかく言うぐらいなら、叔父のやっていない新しい作物に取り組んでみようと思ったんです」。それが、南陽市の気候風土にも合っている「桃」でした。
「山形というと桃を想起すると思いますが、意外にも南陽市回りであまり栽培している農家が少なかったんです。だからこそやってやろうと思いまして」。昔から反骨精神旺盛だったという辻さん。東京でITを学ぶ前には、北海道でサラブレッドの育成牧場で働いてたという異色の経歴を持つなど、人がやっていないことに貪欲に取り組む傾向があるようです。「新しいことを始めると、新しい学びがあるんで、おもしろいんです」。そうキラキラとした目で話す辻さんの桃栽培は2023年で10年目を迎えました。
「あかつき」→「まどか」→「川中島」と東北の桃の代表格を栽培し、今では「昴紀(こうき)」や「夏かんろ」といった珍しい品種も手掛けるようになりました。緻密でジューシーな果肉、平均糖度は12度を超すようになってきたという辻さんの桃。是非、一度ご賞味ください。