風土と歴史に育まれた、味わい深い豆味噌

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諸国良品

2015/04/03

江戸時代、徳川家康公誕生の岡崎城から西へ八丁(約870m)の距離にある、八丁村(現:愛知県岡崎市八帖町)で造られていたことから、そう呼ばれるようになった「八丁味噌」。夏場に高温多湿で食品が腐りやすい環境のなか、ゆっくりと熟成する豆味噌は保存性に優れていたため、戦に必要な三河武士の兵糧として岡崎藩に保護され、地場産業として発展してきました。現在も風土と歴史に育まれ、独特の味わいの八丁味噌を伝えるため、創業2社が伝統の製法と味を守り続けています。

八丁味噌が造られている旧八丁村は、矢作川の舟運と旧東海道が交わる水陸交通の要所でした。そして、原料の大豆や塩を調達しやすかったこと、良質な伏流水があったことなど、好条件が揃っていたことで、味噌造りが盛んになったといいます。

徳川家康も愛したといわれる八丁味噌は、熱がゆっくり伝わる木樽の中で熟成するため、大豆のたんぱく質がじっくりと旨味成分へと変化し、濃い赤茶色の味噌が完成します。愛知県の味噌汁に「赤だし」が多い理由はこれでした。

八丁味噌は、米や麦ではなく大豆から麹を造ります。そして、現在も杉樽を使って、大豆麹と塩を混ぜ合わせ、仕込みに使う水を少なく、熟成期間の二夏二冬以上置いて、自然に発酵させています。

自然発酵を手伝うのが、石積み職人によって一つひとつ並べられたピラミッド型の3トンもの石。石の重さで内部の水分の対流を促してあげるんだとか。「味噌屋」と呼ばれる修業を積んだ熟練の職人だけが成せる技です。

今も昔も変わらない味を守り続けるために、「先人たちが作った哲学を商売のために変えてはならない」と社長の浅井信太郎さんは語ります。一方で、新しいことにも常にチャレンジしており、海外展開にも果敢に挑戦しています。

生産者紹介

  • 供給者画像:生産者名 株式会社まるや八丁味噌

    生産者名 株式会社まるや八丁味噌 詳細

    延元2(1337)年創業、日本で最古の味噌蔵の一つといわれています。第二次世界大戦時に、統制令により八丁味噌の生産は一時中止されるものの、戦後5年後より現在に至るまで、その伝統製法は守られています。その理由を浅井社長は、旧東海道を挟んで2社が手を取り、時には競い合い切磋琢磨してきたからだといいます。また、「八丁味噌は岡崎市の財産。地域のみんなにとって自慢に思ってもらえるような企業であり続けたい」と話します。

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