部屋は私でできている
「仕事ではなく、暮らしを真ん中に」。山川咲さんの人生の重心を変えた家

2026/09/04
今回訪ねたのは、山川咲さんが暮らす、山間の家。再婚した夫と少しだけ古い家を手入れし、人が集まる場所へ育てる日々のなかで見つけたのは、仕事でも肩書きでもない、自分らしく生きるための心地よい居場所でした。
(取材・浦本真梨子 撮影・日野敦友)
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1983年東京生まれ。2012年に業界で不可能と言われた完全オーダーメイドのウェディングブランドを立ち上げ、数年で「情熱大陸」に出演。独立後、起業家を育てる学校「神山まるごと高専」の創業メンバー/クリエイティブ・ディレクターとして開校を実現。現在は株式会社ECOMMITの上級執行役員としてより大きな未来に挑む傍ら、個人としてnote「文庫本的、やまかわさき」を執筆中。著書に『幸せをつくるシゴト』(講談社)。
直感から始まった鎌倉での暮らし
丘の上に立つ、築30年を超える一軒家。駅からそう遠くない場所にありながら、窓の向こうには山の緑が広がり、鳥たちの声が響き渡る。
「この窓からの景色を見た瞬間、『ここだ』って思いました」 と山川咲さん。
パートナーと2人、今年の1月に引っ越してきたばかり。4LDKと二人暮らしには十分な広さで、駅から近く、見晴らしもいい。ただし、築年数が古く、家にたどり着くまでには長い階段があり、そのため長く空き家になっていたという。けれど、緑に囲まれた気持ちよさに惹かれ、即決した。

年季を感じる箇所は自分たちの手で改修。洗面台は、プラスチック製のカバーをはずし、友人たちの手も借りながら合板をはめて、鏡を設置。トイレの壁はメキシコの建築家、ルイス・バラガンの建物を思わせるようなピンクに。キッチンカウンター周りの収納扉は、化粧板を剥がしてみると、意外に可愛く、ニスを塗って生かすことにした。そんなふうに自分たちらしい住まいへと愛着を持って育てている。
「“ずっとここにいたい”。そう思えた家はここが初めてかもしれません」


家は安らぎの場所、と思えなかったこども時代
幼い頃の山川さんにとって、家は穏やかに過ごせる場所ではなかった。アナウンサーだった父は40歳で会社を辞め、それまで暮らしていた家を手放し、妻と娘を連れてワゴンカーで全国を旅する生活を始めた。山川さんが2歳から4歳頃までの約2年間、家族は各地を転々とした。その後、千葉の山間に定住。
「父が気に入ったその場所は森が深く、家は古かったし、お風呂は母屋とは別の場所にあり、一度外へ出なければならない。過ごしやすい空間とは思えず、『家は憩いの場』というイメージを持てないまま大人になりました」
18歳で家を出ると、自分の人生は自分で切り開こうと決めた。東京へ出て、新卒で入社した会社で、がむしゃらに働いた。25歳で、直属の上司だった男性と結婚。その後、自ら会社を立ち上げると、夫婦で会社を経営。仕事も子育ても常に二人で取り組んだが、40歳を前に、「二人でできることは全部やり切った」と、お互いがもっと幸せになるための離婚を選択する。

自分たちの手で家を育てていく
その後、現在の夫と再婚。山川さんは夫が一人で暮らしていた都心のマンションへ移り住んだ。夫も離婚を経験していて、一人暮らしを始める際、キッチン用品やカーテン、ベッドリネンなど、欠かせないものを無印良品で揃えていたという。
「それぞれが以前の暮らしから道具を持ち寄ると、個性の強い家具や小物は空間の中でぶつかってしまうことがある。でも無印良品のものは、喧嘩しない。相手のものとも、新しい家とも自然になじんでくれました」
夫が選んだ無印良品の生活道具は、そのまま二人の暮らしの土台になった。

二人で始めた都心での生活は便利だったが、次第に違和感を覚えるようになった。
「日々は穏やかで満たされているはずなのに、自分が思い描く未来に近づいているという実感が持てませんでした。忙しい日々と都会の喧騒の中で、自分が少しずつすり減っていく。そんな感じがして」。
人が集まる家を、二人で育てる
当時、山川さんは自然と共生する暮らしを提案するサービス〈SANU〉の取締役を務めていた。週末になると、自然の中へ逃げ込むように地方のセカンドハウスへ通ったという。
「毎週末、自然を求めて出かけるなら、いっそ自然の近くで暮らせばいいのではと思うようになりました。ただ、遠くへ引っ越せば、元夫と暮らす娘と会う頻度が減ってしまう。自然を身近に感じながら、東京へ通いやすく、娘にも会いやすい場所。その条件を考え、鎌倉・逗子エリアで家を探し始めました」。
そして出会ったのが、丘の上のこの家だった。
引っ越し後、友人を集めて、3〜4日間かけてキッチンの改修作業をした。壁のタイルを剥がし、自分たちで選んだタイルに貼り直した。拭きあげの作業で活躍したのが、長年愛用している無印良品の『落ちワタ混ふきん12枚組』。
「以前目にした誰かのインタビューで、『お皿を一度拭いたら、そのたびに洗濯する』と話していて、いいなと思って買ったんです。12枚がセットになっていて手頃。気兼ねなく使えるし、洗えばすぐに乾く。キッチンのタイルを貼り替えた際には、目地を何度も拭き上げる必要があり、惜しまず使えるこのふきんがとても便利で」。

夫は料理好きで、醤油麹や昆布茶を手作りするほか、来客があれば寿司まで握る。そんな食の時間を支えているのが、ザルや鍋を洗うブラシなど、無印良品のキッチン道具だ。
「きちんと水を拭く、油を切る、洗う。料理では、そういう小さなひと手間が本当に大事ですよね。油を使ったフライパンはスポンジで洗うとギトギトの油汚れがなかなか落ちづらいのですが、シュロのブラシで余洗いすると、汚れが落ちやすいので便利です」


寝室では、無印良品の洗いざらしのベッドリネンを愛用中。
「ベッドまわりは、肌触りや質感を大切にしたい。このくたっとした、リネンのような風合いが心地よくて」
山川さんの家には、もう一つ大きな特徴がある。週末に娘が来るだけでなく、普段から来客がとても多いのだ。一階には客間が2つあり、いつでも布団を敷けるようにしている。友人が数日泊まることもあれば、“少し環境を変えたい”という人が一週間以上滞在することもある。
家を選んだとき、これほど頻繁に人が訪れ、長く滞在する場所になるとは想像していなかったという。でも、山川さん夫婦はそれも自然に受け入れている。朝になると、みんなで会話をしながら朝食をつくり、食卓を囲みながら、また話す。
「人が集まって、ご飯をつくって、一緒に食べる時間が私も夫も好きなんです」
古い家ならではの味わいと、友人たちの手によって加えられた温もり。この家には、人が訪れ、休み、少し元気になって、また歩き出していける空気がある。

山川さん自身、30代後半までは仕事が人生の中心で、暮らしを自分でつくることには、あまり関心がなかったという。
「家は生活する場所ではあっても、自分らしさを表現したり、日々を楽しんだりする場所ではありませんでした。仕事以外にも人生を豊かにする喜びがあると気づいたのは、この家に暮らし始めてから。本当に最近のことです」
1日の中で過ごす時間が多いリビングで活躍しているのは、サーキュレーター。鎌倉の古い一軒家は、夏は暑く、冬は寒い。さらに梅雨時期には湿気がこもるため、家の中の空気を循環させる道具が欠かせない。
「パリに暮らしている夫の姉が使っているのを見て、真似して買いました。義姉が暮らす洗練された家にも、このサーキュレーターが自然になじんでいて。静かでコンパクトだし、この絶妙なグレーが気に入っています。古い家にも違和感なく置けるところがいいですね」

想像もしなかった人生を生きる
山川さん夫婦は近い将来、海外移住を視野に入れている。
「一昨年、ヨーロッパを一ヵ月ほど旅してきました。出発前に夫がふと、『もしかしたら、これから住む場所を探す旅になるのかもしれないね』と言ったんです。そのときは、そんな可能性があるんだ、と少し驚きました。実際行ってみると、ここなら暮らせそうだというところが見つかって」
海外生活は、自分一人では思い浮かばなかった選択肢。けれど、人生の可能性の一つとして考えてみると、次第に「おもしろそう」と心が動いた。
「今の企業での挑戦も自分の人生の中で大切なもの。だからこそ、どのように海外で、今の仕事を続けるのか、より良い仕事ができるようになるかを創造的に模索しています」
そして、改めて暮らしを考えることは、生きることを再考することだと、山川さん。
「以前は仕事が人生の中心。でも今は、暮らしの中に仕事があると思っています。人生は変化していくものだし、ずっと同じ働き方を続けるとは限らない。だからこそ、どんな仕事をしているかより、自分がどう生きたいのかのほうが大切だと思うようになりました」

移住を考えるようになると、むやみにものを増やさず、できるだけ身軽でいたいという思いも強くなった。
「その点、無印良品のものはロゴや主張がなく、どんな家にも自然になじみます。暮らす場所が変わっても持っていけるという安心感があるんです」
そして、海外での暮らしが現実味を帯びてくるほど、無印良品の価値を改めて実感するという。
「海外では、ちょうどいい価格で、壊れにくく、デザインもいいものを見つけるのが本当に難しい。価格と品質、デザインのバランスを考えると、無印良品のプロダクトの基準は高いと思います」
もし、海外へ移住しても、新しい家にはきっと、いつでも人を迎えられるゲストルームをつくるだろう。
「一年の半分くらいは、誰かが泊まりに来ている気がします(笑)。みんなでキッチンに立って、一緒に朝ごはんをつくる。その風景は、海の向こうでもきっと変わらないと思います」

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