部屋は私でできている
女性二人暮らし、二十年。名前のつかない関係の中で考えた。「“普通”の暮らしってなんだろう」はらだ有彩さん

2026/02/27
今回はテキスト、テキスタイル、イラストを横断して表現を続けるテキストレーター・はらだ有彩さんの家へ。大学時代の女友達と20年以上続けてきたはらださんの暮らしは、しばしば“普通”の外側に置かれがちだ。周囲からは「名前がつかない」とされがちな関係性。けれど、そこにあるのは、生活基盤を分け合い、日々を寄り添って重ねていく、ごく確かな生活そのものだ。
(取材・浦本真梨子 撮影・伊藤菜々子)
はらだ有彩
はらだ・ありさ テキスト、イラストレーション、テキスタイルをつくる“テキストレーター”。著書に『日本のヤバい女の子』シリーズ(柏書房/角川文庫)、『百女百様 街で見かけた女性たち』(内外出版社)、『女ともだち ガール・ミーツ・ガールから始まる物語』(大和書房)、『ダメじゃないんじゃないんじゃない』(KADOKAWA)、『「烈女」の一生』(小学館)。最新刊の『帰りに牛乳買ってきて』(柏書房)ははらださん初となるコミックエッセイ。
「ルール」は自分にしかわからない。でも、それでいい
言葉とイメージを行き来しながら多彩な作品を発表する、はらだ有彩さん。大学時代の友人と二十年間、二人暮らしをしている。今住んでいるのは、ルームメイトが小学生から高校生まで過ごした家。柱には幼い頃の身長を測った跡が残っている。
「でも、小学五年生のときの跡しかないんですよ。思いついたように、その時だけ測ったみたいで」
成長の記録は完璧ではない。けれど、暮らしの中に残るものは、たいていこんなふうに、まばらで、ささやかなもの、と教えてくれているようだ。

リビングには、二人が並んで腰掛けられるソファがある。けれど、センターテーブルはない。
「私もルームメイトもカーペットの上でゴロンとするのが好きなので、テーブルはないほうがよくて」
ソファの上に敷いてあるのは、大きめの座布団。白いソファの汚れ防止にもなり、折りたためば枕代わりにもなる。二人の暮らしに寄り添うように選ばれたアイテムが、さりげなく生活を支えている。

はらださんの家では、あちこちで無印良品のアイテムが活躍している。寝室に置かれたパイン材のユニットシェルフもそのひとつ。初めて本を書くにあたって参考にした文献や資料を収納するために一台購入し、次の本、その次の本と仕事を重ねるごとに、棚が増えていった。
「仕事の資料とは別に、フェミニズム、ファッション、詩歌、漫画…… と、自分の好きな本をジャンルごとに分けて収納しています。そうしておくと探しやすいんです。でも、この分類は私にしかわからないかもしれない(笑)」
他人にとってわかりにくくても、本人が迷わず手を伸ばせればそれでいい。誰かに説明しやすい状態をつくるよりも、自分がストレスなく過ごせることの方が大事なのではないか。その感覚は、はらださんが実践する「女性二人で暮らす」という生活にも重なっているようだ。
二人暮らしを始めて間もない頃、周囲からは「楽しそうだね」と言われることが多かった。けれど、“結婚適齢期”といわれるような年齢や“出産のリミット”を突きつけられる時期がくると、決まってこう聞かれるようになる。「それ、いつまで続けるの?」
男女のカップルであれば疑問を持たれず、受け止められるかたちが、女性同士になると、途端にサステナブルではないものとして扱われる。その象徴的な経験が、家探しの場面だったという。
「“女二人だと、いつまで住むかわからないから”と入居を断られたことがありました。でも、男女のカップルだって、明日どうなるかはわからない。結婚や同棲をしている人たちと同じように、私とルームメイトは生活基盤を分け合っている。だけど、名前をつけられない関係は、人の理解を得られにくいんだなって」
部屋の整え方が人それぞれでいいように、暮らしの正解はひとつではない。二人の関係に、外から見てわかりやすい名前がなくても、当人たちにはしっくりきている。無印良品のシンプルな棚に、はらださんのルールで本が収められていくように、彼女の生活もまた、自分にとって無理のない、生きやすいかたちへと整えられてきたのだ。




サイズや動線を吟味してつくった仕事部屋。



間取りは3LDK。二人が共有する寝室に加え、はらださん、ルームメイトそれぞれの仕事部屋がある。「片付けが趣味」というはらださんの自室は、整理整頓が行き届いている。道具や資料はカテゴリごとに整理され、必要なものがすぐ取り出せる状態だ。
「文章を書く以外に、絵の具でイラストを描いたり、漫画を制作したり。仕事柄、必要な道具はたくさんありますが、細かくカテゴリごとに分けて収納しています」
空間づくりの基本にあるのは、サイズ感の把握。ものを買うときは、まず、家の中や置き場所の寸法を測る。通路の幅や棚の奥行き、時には床に人ひとり分の円を描いて、動線をシミュレーションすることも。また、常にものの置き場所を見直して、より使いやすいように整える。「『ここはもっとよくできるかも』と思い立ったら、夜中でも片付けを始めるので、ルームメイトには『またやってる…… 』と呆れられていますが(笑)」とはらださん。無印良品の収納用品やシェルフがこの家でうまく機能しているのは、そうした試行錯誤があってこそなのだ。



“相手がストレスなく過ごせること”をよしとする。
寝室の一角、もともと押し入れだったスペースはいま「落ち込み部屋」という名前で呼ばれている。「ひとり静かに過ごしたいときに扉を閉めてこもるんです。ここにいると、『あ、そういうことなんだな』って相手がわかるので」
言葉にするより前に、互いの状態を察する。こんなルールが二人の中で自然とできてきた。
「でも、今でも喧嘩めっちゃするんですよ」とはらださん。それでも、同じ人と暮らしを続けられる理由をルームメイトの言葉を借りてこう言う。
「これはルームメイトの言葉なのですが、二人とも、“相手がストレスなく暮らせていることをよしとする”。その感覚を共有できているからかなと思います。自分が穏やかに過ごせていると、相手も“よかった”と思ってくれるし、その逆も同じ。たとえ喧嘩をしても、モヤモヤを抱えたまま終わるのはいい状態じゃない。そして、その場ですぐに答えが出なくても、いずれ向き合って解消していく必要があると、お互いが思えているからこの関係が続けられるんだと思います」

はらださんの最新作『帰りに牛乳買ってきて』は、そんなルームメイトとの二人暮らしを描いたコミックエッセイだ。2016年から連載がスタートした当初は、「女ふたり、楽しい日常」といったゆるやかなトーンのエピソードが中心だった。しかし、描き続けるうちに、身の回りの出来事だけでなく、社会の中で生きることへ視線が広がっていった。
「書籍化に思いのほか時間がかかって、そうこうしているうちに、世の中が、“普通”と“そうじゃないもの”を勝手に定義して分けることが増えてきたように思えて。だったら、この本では、普通って何なんだろうというところまで踏み込もうと。普通の暮らしとか普通の家族観って、いったい何なんだろうって」

“普通”を問いながら、私たちの暮らしは続く。

大学生時代、気の合う女友達が、はらださんの家に転がり込むような形で始まった二人暮らし。卒業後、互いの就職先が近いこともあり、「このまま一緒に住もうか」と、二人暮らしは継続された。「当初はここまで一緒に長く住むとは思いませんでした。ただ、転職やマンションの更新を迎える度に、“これからも一緒に住む”という前提で住まいを探していることに気づいて。それを繰り返していくうちに、二人暮らしが揺るぎのないものになっていく感じがありました」
一緒に暮らすということは、二人の関係を惰性で続けることではなく、その都度「離れがたい」という感情に正直になることだと、はらださん。
ただ、何度も解散の危機はあった。でも、そのたびに「一緒にいてよかった」と思い出すことの方が多かった。そして、二人の関係を大きく揺るがすのは、周囲から「結婚しないの?」「子供は?」「将来どうするの?」という言葉を繰り返し投げかけられていたからだと気づいた。
「誰かに言われ続けると、内面化しちゃうんですよね。普段は、“普通なんて気にしなくていい”と発信しているのに、自分の話になると『これでいいのかな?』と。でも、冷静に考えたら、私たちが感じていた不安は、社会の規範に揺さぶられていただけなんだなと。そう気づいてからは、恋愛して、結婚して、子を産んで……という周囲から期待されているレールに、自分を無理やり合わせなくていいんだって思えるようになって」
はらださんがルームメイトと暮らし続けてきた20年は、普通という物差しを手放していく時間だった。
「そもそも“普通の生活”を送っている人なんて、実はいないんじゃないかと思うんです。みんなそれぞれ違う暮らしをしていますよね。本の中では、20代から30代、40代までの私たちを描いていますが、これから一緒に歳を重ねていく姿も見せていきたい。高齢の女性二人で暮らすロールモデルって、いくらあってもいいと思う。いろんな生活の一つとして、こんなふうに取るに足らない生活を送っている人たちもいるんだなと思ってもらえたら」
どんな組み合わせの関係にも、不確実さは等しく存在するだろう。その前提を踏まえれば、「誰と誰が暮らしているのか」といちいち説明しなくても、頑張らなくても、立派でなくても、拍子抜けするほどどうでもいい生活が、ただ続いていっていいはずだ。「疲れて愚痴をこぼし、たいした食事も作らず、くだらないことで喧嘩しては、なんとなく仲直りして、また忘れたころにぶつかる。そんな取るに足らない日常を、誰もが気軽に続けたり、やめたりできなきゃいけないと思う」。その願いは、自身の身近な生活のディテールをすくい上げながら言葉やイラストとなって、はらださんの手から差し出されてきた。私たちが無意識に信じてきた“普通”を、そっと揺さぶるために。

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