暮らしのQ&A
悩み別におすすめを紹介。植物の香りで心身が整う理由

2026/09/11
(取材・文/オカモトノブコ 撮影/藤井由依 イラスト/minomi)
湘南医療大学薬学部教授、日本アロマセラピー学会終身名誉理事長。医学博士。昭和大学医学部教授、星薬科大学特任教授などをへて現職。専門は神経解剖学、神経科学。著書に『<香り>はなぜ脳に効くのか アロマセラピーと先端医療』『「植物の香り」のサイエンス なぜ心と体が整うのか』(NHK出版)など。
「香り」の情報は脳へダイレクトに届く
「これまでの研究では、植物の香りが心と体に与えるさまざまな働きが明らかになっています。ヨーロッパでは、植物から抽出したエッセンシャルオイル(精油)の香りを使ったセラピーを医療に取り入れている国もある」と、塩田先生は話します。
それではなぜ、香りは心と体へ直接働きかけることができるのでしょうか?
「鼻から吸い込んでキャッチされた香り(=嗅覚)の情報は、脳のなかでも本能や感情を受け持つ部分へダイレクトに伝わるという特長があります。
視覚や聴覚、触覚など、ほかの五感からの情報を脳が認識・分析する時間にくらべて、香りの嗅覚情報が届くルートは“ショートサーキット(近道)”と呼ばれるほどスピーディー。
そのため、脳が香りの情報を受け取ると、心や体の感覚や反応がダイレクトに表れるのです」
まず、鼻から入った香りの分子を鼻粘膜の細胞にあるセンサーがキャッチ。すると
香りの情報が、鼻腔と脳の間にある①嗅球に伝わり、ここから香りの情報は
匂いのイメージをつくる②嗅皮質(嗅覚野)へ。さらに神経が枝分かれして、脳のさまざまな機能を分担している③海馬や④扁桃体、⑤視床下部、⑥前頭葉へと伝達され、心身へと働きかけます。
ここからは、香りが脳の各部位で、どんなふうに作用しているかを見ていきましょう。
視床下部:自律神経やホルモン、免疫をコントロール
「脳の視床下部は、自律神経のいわばコントロールセンター。香りの種類によって、活動時に働く“交感神経”と、リラックスのときに働く“副交感神経”のバランスが調整されます。
自律神経のバランスは、血圧や体温、ホルモンの分泌、さらに免疫細胞の働きなど、体のさまざまな部位に影響を与えるもの。
また特定の香りをかぐことで、“ストレスホルモン”とも呼ばれるコルチゾールの分泌が、すみやかに低下することも研究で明らかになっています」
扁桃体:「快・不快」の感情を瞬時に判断する
「扁桃体は、“好き・嫌い”などの感情をつかさどる部位。香りの情報が届くと、それが自分にとって心地良いもの(=快)か、危険などを察知するもの(=不快)かを、瞬時に判断することができます」
海馬:香りをきっかけに記憶を呼び起こす
「海馬は、脳の短期記憶をつかさどる部位。たとえばある香りをかぐことで、過去の体験や情景が思い出されるような現象も、嗅覚からの情報が海馬に届くことによるものです」
前頭葉:やる気や集中力、理性や判断力にも関連する
「脳の前方に位置する前頭葉は、理性や判断力、感情のコントロールなどをつかさどる部位。
ある実験では、レモングラスのエッセンシャルオイルの香りをかぐと、2~3分で前頭葉の血流が増加。この前頭葉が刺激されると、やる気や集中力を高めることができるのです」
心と体のお悩み別・おすすめのアロマの香り
「エッセンシャルオイルの香りには、副交感神経を優位にしてリラクゼーション効果があるもの、交感神経を優位にして心身を活性化するものの大きく2つに分けられます」と塩田先生。
つまり植物の芳香成分を抽出したエッセンシャルオイルは、自律神経のバランスを素早く変化させて心身のコンディションを切り替える、いわば“スイッチ”のような役割も期待できます。

そこでここからは、日々の暮らしにあるお悩みや目的に合わせて、研究によってその効果が検証されている塩田先生おすすめの香りを紹介します。
ストレスや緊張を感じるときに
「日々のストレスを減らしたり、緊張をやわらげたいときは、副交感神経を優位にするラベンダー、オレンジスウィート、ゼラニウムなどがおすすめ。特にラベンダーに含まれる酢酸リナリルという成分には、ストレスホルモンを減らす作用が確認されています。
実はラベンダーの香りを“不快”と感じた人でも、全員のストレスホルモン値が低下するという興味深い実験結果が。自律神経が香りの成分にダイレクトに反応するという、科学的な薬理作用の表れです。
とはいえラベンダーの香りが苦手な人は、同じように酢酸リナリルを多く含むベルガモット、クラリセージなども良いでしょう」
ラベンダー、オレンジスウィート、ゼラニウム、ベルガモット、クラリセージ
脳疲労をケアしたい
「パソコン作業の疲労を香りで軽減できたという研究があり、中でも強い効果を示したのがペパーミントのエッセンシャルオイル。ほかにも活力を上げたり、ネガティブな感情を低下させるという効果も確認されています。
ペパーミントのエッセンシャルオイルには交感神経を活性化させ、覚醒作用があるため、“ひと踏ん張り”してパフォーマンスを上げたいときに効果を発揮します。
これに対し、興奮した脳を落ち着かせて休息し、疲労回復したいときはラベンダーなどが向いています」
ペパーミント(覚醒作用)、ラベンダー(鎮静作用)
体型管理・ダイエットのサポートに
「レモンやオレンジ、グレープフルーツなど柑橘系のエッセンシャルオイルには、集中力を高めてものごとに前向きに向き合い、交感神経を活性化させるリモネンやシトロネロールなどの成分が含まれています。
交感神経の働きが活発になると、体内では代謝が高まり、熱を多く生み出してエネルギーを消費します。その結果、脂肪の燃焼を促し、ダイエット効果につながるのです。
レモングラスを使った動物実験では食べる量は変わらなくても、香りを嗅がせたグループで体重減少が見られました」
レモン、オレンジ、グレープフルーツ、レモングラス
不安や気分の落ち込みを和らげたい
「不安な気持ちをやわらげる働きを持つ香りとして最も知られるのがラベンダー。おもな成分のひとつであるリナロールの香りで、抗不安薬と同程度の効果が見られた動物実験の結果もあります。
リナロールはほかにも、ローズウッド、ネロリ、ベルガモットに多く含まれています」
ラベンダー、ローズウッド、ネロリ、ベルガモット

やる気や集中力、記憶力をアップさせたい
「ローズマリーは交感神経を優位にして脳を刺激し、集中力を高めると考えられる香り。ペパーミントにも注意力を高める働きがあるとされ、それぞれで記憶力が高められた研究結果が報告されています。
レモングラスやグレープフルーツの香りは、脳の前頭葉を活性化して意欲や集中力を高めます。軽度認知障害(MCI)の方々にレモングラスの香りを毎日2時間かいでもらう実験では、食欲が増して夜ぐっすり眠れるようになり、1か月で夜間徘徊が減少しました。
さらに3か月続けると、ものづくりやゲームへの参加など自発的な行動が増え、やる気や集中力といった認知機能の向上が確認されています」
ローズマリー、ペパーミント、レモングラス、グレープフルーツ
女性ホルモンの乱れや更年期の不調に
「女性ホルモンのエストロゲンに似た構造の成分を含むクラリセージ。“女性のための精油”とも言われ、生理痛や月経前症候群の不調などに用いられるほか、クラリセージの香りで、更年期のホットフラッシュが改善したという研究もあります。
また、ゼラニウムの香りが更年期の女性ホルモンのバランスを整え、抑うつ症状を改善したという研究結果も。こうした香りの作用は、女性ホルモンの分泌が低下し、自律神経が乱れて起きる更年期の不調と相性の良いもののひとつです」
クラリセージ、ゼラニウム
風邪や感染症をケアしたい
「レモングラスやティーツリーなどのエッセンシャルオイルには、すぐれた抗菌・抗ウイルス作用が。また、ある研究では、ベルガモットの香りをかぐことで口内の免疫機能が高まるという報告もあり、風邪予防に対する効果の可能性が示されています」
レモングラス、ティーツリー、ベルガモット
植物の香りを日常に。手軽な楽しみ方
「人工的に合成された香料と違い、植物由来のエッセンシャルオイルには、主成分のほかにも多くの微量成分が含まれます。これらが香りをキャッチする細胞にも多種多様な情報をもたらし、心と体に良い効果をもたらすと考えられます」と話す塩田先生。
楽しみ方としては、まず定番のディフューザーやアロマストーン、アロマポットなどを使う方法(※1)があります。
※1:商品に記載されている使用方法に従ってご使用ください。
「また手軽なのは、ティッシュやコットンにエッセンシャルオイルを垂らして嗅いだり、マスクにつける方法」

「たとえばストレスを感じたときなど、ティッシュにエッセンシャルオイルを1滴垂らしてかぐだけでも即効性を感じられます。
ただし、原液が肌に直接触れると、炎症を起こす可能性が。マスクにつける際は、オイルが肌に触れないよう、ティッシュやガーゼに1〜2滴垂らし、それをマスクの内側につけるようにしてください(※2)。まわりに香りが広がりにくいので、人がいる場所でも気軽に取り入れられます」
※2:肌に触れないよう、必要に応じてティッシュやガーゼを複数枚重ねてください。
エッセンシャルオイルを希釈したリードディフューザーやファブリックミストなども暮らしに取り入れやすい選択肢のひとつ。気分や行動の変容を助ける“スイッチ”として、植物の香りを日常の一部に組み込んでみてください。



