めぐるものがたり 読み物|コラム 「お気に入りを未来に手放す」

無印良品に届いたそのカーディガンは、1988年に無印良品青山店(当時)で20代の女性が購入した一着でした。カシミヤ100%のやわらかな手触りながら、密度の高いコシのある編み地。落ち着いたグレーのベーシックなデザイン。時を越えてもその魅力は失われていません。

「手に取ったとき、ああこれは良いものだなと感じたんです」

そう話してくれたのは、持ち主だった女性。20代の若者にとってはいいお値段だったというこの一着を彼女が思い切って買ったのは、良いものを永く着たいという思いから。初めの10年ほどは特別な一着として活躍。シーズンの終わりにはクリーニングに出し、毛羽立ちや毛玉ができても小さなハサミで丁寧にひとつずつ切っていたと言います。

「娘が生まれた年の冬には、どこにも出かけられなかったけれどこのカーディガンを着て娘を抱っこしていたことを覚えています。カシミヤのやわらかな肌あたりが、赤ちゃんにも気持ちよさそうでしたね」

その後、しばらくクローゼットにしまっていた時期もあったそうですが、似たような色合いや質感のニットを見ては「そうだ、私にはあのカーディガンがある!」と思い出し、折々に着続けてきたとのこと。

「このカーディガンは、良いものを永く着る喜びや生活美学を教えてくれた一着でした。今回手放すことにしたのは、私の手元での役割は十分に果たしてもらったので、この服の『年を重ねた良さ』を誰かに役立ててもらいたいと思ったからです。誰か他の人に着てもらえたらうれしいし、資源として再生できるなら再生するのも大賛成。この服の命を未来につないでいければうれしいなと思っています」