冬の気配を感じる冷たい風と青空が広がる11月。陽の光が木々の隙間からもれる細く長い山道を保津川沿いに登るとたどり着く、水尾という集落を訪れました。ここは限界集落化が進んでいる小さな集落で、京都で唯一の柚子の産地でもあり、日夜の寒暖差で皮を含めた濃厚な香りと上品な甘みが特徴の柚子が育ちます。
生産者の村上さん。京都でお勤めの後、柚子の生産に尽力され、現在は息子さんと時にはお知り合いの方の力を借りながら柚子の生産から出荷までを担っています。「ここでは柚子を育てることがくらしの一部でしたから、柚子の手入れや収穫は当たり前でした」と言葉通り、村上さんのお宅の庭にも、道路沿いにも黄色の点々が帯びのように連なりその枝を伸ばしていました。
段々になった柚子畑にはちょうど完熟を迎えた柚子がたわわに実り、生い茂る緑の中で映える黄色は「ここにいるよ」と教えてくれているみたい。「柚子の樹は5cmほどの固いトゲで覆われているんです。“体は傷つけても柚子は傷つけるな”なんてよく言われたものです。傷がついたり、人の体温が伝わるとそこから傷んでしまうから、一つずつ丁寧に収穫する必要があるんですよ」
柚子の生産は収穫だけじゃなく、剪定や肥料など長年重ねてきた経験が生かされています。親しみを感じる優しい表情の裏には人の手と感覚を持ってしかなし得ない努力が詰まっているんですね。柚子は実をつけるまでに10年や20年の歳月がかかり、その後100年以上は実をつけるのだと村上さんが教えてくれました。だからここにあるのは村上さんの先代や先々代が大切に育て、受け継いできた家族の歴史のようなものでもあるのでしょうか。
「柚子の繊細さを知っている人は多くないと思います。気持ちを込めて育てたものを少しでもたくさんの人に手に取ってもらいたいから、やっぱり一番は傷のないきれいな柚子を目指しています。それは丁寧な手入れが施され、質の良い柚子がたくさん実るという証でもありますから」
香りは目には見えません。でもたしかに鼻からからだ中を巡って、心を穏やかにしてくれますよね。時間に追われるばかりの私たちは目に見える技術や効果に頼りすぎているのかもしれません。お風呂に浮かべたり料理に添えるだけで十分なんだ、と酸っぱいけどほんのり甘くて最後に苦い黄色いまん丸が教えてくれます。