東京と神奈川の都県境を流れる多摩川。その源流にあたる山梨県小菅村は、森林が95%を占める中山間地で、山のそこここから湧き出る清流は村に恵みをもたらせてきました。その一つがわさび。山梨県内でもトップクラスの生産量を誇る、知る人ぞ知るわさびの産地です。
小菅村のわさびの歴史は江戸時代にまで遡り、山間に広がるわさび田に敷き詰められた石垣・石畳からは、歴史を感じずにはいられません。“地沢式”と呼ばれる、沢幅が狭く水量の少ない場所でも展開可能な小菅村のわさび田では、沢の水をそのまま引き込んでいるため、それだけ清らかな水が流れていることが大事なんだそうです。
一方で地沢式は大雨の影響をもろに受けやすく、台風や暴風の度に石垣・石畳が崩され、その度に積み直してきたんだそうです。苗も収穫した株から小さな子株を分ける株分け法と、親株から種子を取る実生法とあり、絶やすことなくわさび栽培を続けてきたからこそ得られる村の恵みなんです。
わさびは苗から収穫までの期間が約2年。農作物の中では圧倒的に栽培期間が長く、その間の気候災害にも耐え抜かなくてはなりません。「最近はおかしな気候だし、冬場は寒さで手の奥までかじかみますが、代々引き継いできたわさび田ですからね。なんとか頑張ってます」今年、70歳を迎えるわさび専門農家の木下忠三さんは話します。
そんな木下さんのわさびのすりおろしを一口いただくと、生わさび特有のさわやかな風味が広がったと思った途端、ツンとした強烈な辛みが鼻を抜けました。辛さに悶絶している姿を見ながら木下さんは、嬉しそうな笑顔で「これが小菅のわさびです。是非一度ご賞味いただきたい」と話してくれました。