甲府盆地西部を流れる富士川水系の、御勅使川(みだいがわ)と塩沢川(しおざわかわ)。そこに挟まれた扇状地の山の中腹に「山の果樹園」はあります。標高700mという園地は、南アルプス市内の他の果樹園と比べても昼夜の寒暖差が大きく、その分、果樹は糖度が増すといいます。かつてすもも畑だったこの地を引き継ぎ、さくらんぼ・桃などを新たに植えて、西尾さんが「山の果樹園」としてスタートしたのは2000年のことでした。
しかし、始めは苦難の連続だったといいます。人里離れた山の中腹という立地は、逆に猿や鹿など野生動物のテリトリー。度重なる獣害に見舞われ、園地を囲う電気柵の設置など対策を施すも、慣れればすぐに乗り越えてくるという、いたちごっこに悩まされていたそうです。結果、たどり着いたのは「モンキードッグ」と呼ばれる、猿や鹿を追い払うために訓練された番犬を飼うことでした。「ドッグトレーナーから指導を仰ぎましてね。自分で犬をトレーニングできるようにしたんです。結果これが一番効いてますよ」。今も2匹のモンキードッグが園地内をのびのびと走り回っています。
さくらんぼの花が満開を迎える4月中頃、園地ではミツバチたちがせっせと花の蜜を集めながら受粉作業の手伝いに精を出しています。ただ、山には様々な虫も多く、かつては果樹に付く害虫には悩まされたといいます。初めは無農薬を目指し、段々と農薬を減らしていったものの、害虫によってすももの果実のほとんどが被害に遭ってしまった経験もあり、業としてやっていくためには最低限の農薬は必要と切り替えました。それでもネオニコチノイド系などの強い農薬は用いずに、できるだけ適期防除することで農薬の回数を減らすなど、環境に配慮した農業を展開しています。
また、研究熱心な西尾さんの性格は、さくらんぼの仕立て方にも表れています。本来、四方八方に広がり、上へ上へ伸びていこうとするさくらんぼの樹ですが、西尾さんのさくらんぼの樹は3mほどの高さに抑えられ、横へ横へ伸びていっています。「垣根仕立て」と呼ばれる樹の特性を知り尽くさないと成しえない仕立て方で、誰がやっても高齢になっても作業の抜け漏れや高所作業の危険が少なくて済みます。生涯続けていくためにたどり着いた独自の仕立て方でした。
ここまでも試行錯誤の連続だったと話す西尾さんですが、「果実は美味しくなくては意味がない」と言い切ります。「いくら栽培法を工夫していようが、見た目が綺麗でいようが、結局は味が美味しくなくっちゃ果実はダメだよね。そういう意味では、ここの環境は最適。自然と少しばかりの私の創意で育んだ果実を是非味わって頂きたい」そう話す西尾さんの言葉には、自信が漲っていました。