無印十年物語
「8000m超えの登頂にも持参する、旅の必需品」石川直樹(写真家)

2025/11/17
今回は、標高8000mを超える14の山すべてに登った唯一の写真家、石川直樹さん。無印良品のとあるアイテムを登山や旅に欠かさず持っていくそう。
(写真と文・石川直樹)
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石川直樹
いしかわ・なおき 写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。
講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞、『EVEREST』(CCCメディアハウス)、『まれびと』(小学館)により日本写真協会賞作家賞を受賞。
著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最新刊に『K2』(小学館)、『シシャパンマ』(平凡社)、『最後の山』(新潮社)などがある。
ヒマラヤ遠征ではテント生活が基本である。テントの色はオレンジや黄色で、夜が明けていくと、徐々にその色が明るくなっていく。ぼくは寝袋にくるまりながら、天井のテントの色の変化で朝の時間の経過を感じ取る。
テントの大きさは二畳程度だろうか。夜の灯りは、天井から吊されたヘッドライトだ。テントの真ん中には寝るためのマットが敷かれ、マットの両側には、2ヶ月ほどの遠征をこなすための道具が置いてある。テントの入口に向かって左側には、靴下、下着、洋服など。入口のすぐ左にごみを入れるビニール袋があって、向かって右側には、米やスープや行動食などを置く。入口から一番遠い右奥に、カメラやフィルムや薬や財布やスケジュール帳がしまわれ、右のサイドポケットには、歯ブラシや石鹸やシャンプー、そして小さな鏡といった身支度を整える道具が入っている。
これだけのものがあれば数ヶ月は幸せに生きていける。靴や衣類などの必需品は当然として、なくても生きていけるけれど、ないとストレスが溜まっていく道具、というものがある。鴨長明の方丈庵ではないが、空間の大きさはそこまで重要ではなく、大切なのは必要なモノがあるかどうかだと思っている。何もない豪邸より、必要なモノが揃った小さいテントのほうが、ぼくにとってははるかに快適なのだ。
歯ブラシやトイレットペーパーなどと並んで、必ず持っていくべき道具の最たるものが「鏡」だと思っている。ヒマラヤでは、一日一回は鏡で自分の顔を見て、顔にむくみなどの異常がないかを確かめる。高所では顔のむくみが健康のバロメーターにもなっていて、例えば上部キャンプで顔がむくんでいたらうまく高所順応ができていない証であり、ダイアモックスなどの高山病の薬を飲んだり、或いは下山も選択肢の一つとして考えなくてはいけない。
自分の顔色や日焼けの具合や肌の調子を確かめ、日々痩せ細っていく体を客観的に眺めることは、長旅において、我を失わないための大切な所作だとぼくは考える。そのために不可欠な鏡は、かさばる大きさではなく、かといって役割を果たせないほどに小さくない、適度な大きさのものがいい。その点、無印良品の「スチロール折りたたみ手付きミラー」は、旅にもっていく鏡として完璧なサイズだと感じている。

決して大きくはない。だから自宅使いではなく、移動の際にこそ本領を発揮する。バックパックやカバンに入れておいても角が引っかかることがなく、持ち手が可変式になっていており、自立する卓上ミラーとしても使える。
ぼくが何より便利に感じているのは、持ち手についているオーバル型の穴である。テント生活では、天井にまわしたヒモにヘッドランプや時計など様々なもの引っ掛けるのだが、この鏡もそのようにして、ヒモに引っ掛けることができ、両手を自由にして鏡に向かえる。以前は、同じく無印良品のアルミ折りたたみミラーも使っていたのだが、手つきミラーの軽さと穴の便利さに惹かれて、今はこの「スチロール折りたたみ手付きミラー」ばかりを使うようになった。
過酷な状況で使っているため壊してしまい買い直したこともあったが、10年以上同じ形の鏡を使っているのは、あらゆる面で負担がないからだ。これからもきっと旅先に帯同する必需品として使い続けていくに違いない。

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