あとからくるひとのために
人口減少=不幸なこと、ではない。変わりゆく社会の中で、見失いたくないこと

2026/04/30
イラスト・三好愛 取材と文・編集部
くどう・しょうご 国際教養大学国際教養学部グローバル・スタディズ領域・准教授。サステイナビリティ学博士。持続可能な社会の実現に学際的に取り組むサステイナビリティ学分野において、持続可能な地域コミュニティに関する研究・教育に取り組む。秋田と南アフリカのフィールドを往来しながら、異なる風土にある主体が出会うことで生まれる“通域的な学び (Translocal Learning)”という方法論の構築に取り組んでいる。近著に『〈わたし〉からはじめる地方論――縮小しても豊かな「自律対話型社会」へ向けて』(英知出版)
“課題”ではなく“現象”と捉えると見え方が変わる
——私たちの近い将来や、未来世代のことを考えるうえで、少子高齢化による人口減少は、誰にとっても無関係ではいられないテーマです。地方を中心に、実際に暮らしに影響がでている地域もありますよね。
工藤尚悟さん(以下、工藤) 日本の人口減少は他国と比較して非常に急速に進んでいるのが特長で、医療や介護、産業など、あらゆる面で社会の仕組みのアップデートが、人口減少のスピードに追いついていないのが現状です。
特に、地方は少子化に加え、若者の都市への流出により人口減少が顕著に進んでいるため、「なんとか活性化し、再生しなくてはいけない」という議論が地方に向けられ、『地方創生』や『地域活性化』という名の下、行政主導でさまざまな取り組みが行われています。
ただ、秋田県で生まれ育ち、現在も秋田県の五城目町を研究活動の拠点にし、ずっと地方にいる側の私にとっては、“活性化すべき対象”として議論されることに違和感があったんです。
確かに空き家は多いし、商店街はシャッター街化していますが、そこに住む人たちは、日々、課題を感じながら暮らしているわけではありません。自分の好きなことを楽しんだり、きれいな景色を見て感動したり、何気ない毎日の連続で暮らしを営んでいる。

『地方創生』といった中央主導の語りには、こういった“わたし”=そこで暮らす人々の一人称の視点が圧倒的に欠けていると思います。
そもそも人口減少=不幸なことでは決してありません。解決すべき“課題”ではなく、“現象”として捉えなおすことで見え方も変わってくるのではないでしょうか。
——確かに、人口減少=解決しなくてはいけないことと思い込んでいました。
工藤 課題→解決という直線的な考え方だと、「出生率を高めて人口を増やす」という量的な目標がゴールになりますが、そもそも、個人がこどもを持つかどうかは、当人が決めることで外部から操作することはできません。
多様な生き方や家族観が認められ、社会の価値観が変化し、社会構造の転換が起こる中で、本当に向き合うべき問いは、縮小していく社会において「どうしたら豊かさを維持できるのか」ということ。
風土や文化が異なるように、“豊かさ”は土地ごとに違います。だからこそ、その地域に住む人々の“主体的な語り”が新しい社会を設計していくうえで一つの指針になると思います。
多様な豊かさが併存する、新しい社会のかたちへ
——地域主体の言葉が可視化され、社会の仕組みづくりに生かされていくと、どんな変化が起きていくと考えますか?
工藤 これまではどちらかというと、中央発信の“一つの地方像”が描かれてきましたが、固有の風土を持つ“いくつもの地方像”が立ち表れ、その一つひとつが、他の地域とのつながりの中で、自分たちなりの豊かさを探求し、実現していく。そんな『自律対話型社会』へと向かっていくと考えます。
——『自律対話型社会』……?
工藤 ここでいう“自律”とは、自分たちの地域がどのような状態であれば豊かといえるのかを、自分たちの言葉で語ることができ、その豊かさを守るための仕組みを自ら営んでいる状態のことを指しています。
例えば、秋田は雪がたくさん降るため、冬に備えてさまざまな食べものを用意する習慣があり、その中で育ってきた発酵文化が大切にされてきました。このように、暮らしの豊かさの基盤となる、心地良い衣食住は土地ごとに異なる。


普遍的な共通のものさしで社会の豊かさをはかるのではなく、秋田には秋田の豊かさ、東京には東京の豊かさといったように、多元的な世界観の集合として豊かな社会が実現していく将来像を描いています。
ただ、自分たちの豊かさだけに目が向きすぎると、閉鎖的になってしまうため、対話が大切です。秋田の豊かさと東京の豊かさは違うけれど、どちらに良いも悪いもない。違うものさしを持つ地域同士が出会って、日本全体としての豊かな状態を語り合う。それが私の考える『自律対話型社会』の在り方です。
——多様な価値観が共存しながら、社会全体の満足度が高い状態は理想的ですね。対話の大切さはわかるのですが、生まれ育った場所や世代をはじめ、属性や背景が違う人同士だと難しい部分もあるのではないでしょうか?
工藤 確かに多様性を取り込むことは、痛みを伴ったり、価値観が揺さぶられるものだったりします。ただ、ここで想定しているのは個人ではなく、地域単位、つまり同じ地域に暮らす複数人の集合を主語にした対話です。
複数形の主語になることで、個人同士の意見の対立ではなく、違いを持ち寄る場として機能しやすくなります。
大切なのは、合意を目指すのではなく、AとBという違うもの同士が出会うことによって、それぞれが変容し、対話する前とは違うA’とB’になる。そんなイメージです。
対話は英語で『dialogue』ですが、今の世の中には、自分の好きな価値観を一方的に語る独語(ひとりがたり)、つまり『monologue』があふれていて、同じ価値観、世界観の人だけで内に閉じた議論が多いように思います。
これでは、より良い新しいアイデアや考え方が生まれにくく、社会は膠着してしまう。難しい部分はありますが、新しい社会への転換は、差異を認めながら、対話を重ねること抜きには実現できないと考えています。
人間は自然の一部である、という感覚を未来世代へつなぐ
——異なる地域同士の対話を実現していくためには、具体的にどのような取り組みが必要でしょうか?
工藤 前提として、自分の地域に愛着を持って、どんなまちにしたいかという言葉を持つためには、自分ごととして取り組む“主体形成”が必要。つまり、自分が暮らすまちのこれからについて語る「私」や「私たち」のような主語を見つけることです。
ただ、主体形成は自然と起きるわけではなく、まちのことについて話す場があって、同じ地域に住む人や、外からきた人との対話を通して徐々に育まれていくもの。
例えば、全国にある無印良品のお店で、その地域のことについて学べたり、話したりできるイベントを実施するというのはとても効果的だと思いますよ。

そのうえで、違う地域の人同士が出会う仕掛けをつくる。ヨーロッパではアート系のイベントが、大衆に開かれた対話の場として機能しています。
私も参加した2025年の『ヘルシンキデザインウィーク』(※)では、「幸福」をテーマに、さまざまな展示やトークセッションが催され、地域同士がつながりながらも、豊かな社会、まちづくりのヒントになるようなことをみんなでオープンに対話していたのがとても印象的でした。
※2025年で20周年を迎えた北欧最大のデザインと建築の祭典。日本でも芸術祭や映画祭などが地方で行われていますが、トークセッションの多くはまだ一方向的な印象なので、今後、双方向の対話の場として開かれていけば、もっと気軽に違う地域に住む人同士がつながるきっかけになると思います。
——イベントへの参加がその地域に足を運ぶきっかけにもなりますね。
工藤 異なる地域に暮らす人同士が、互いの感覚を理解するためには、“身体性を伴う”ということが鍵になると私は考えています。
都市は人間が効率的に動けるように自然の“雑音”を極力フラット化した空間なのに対して、地方には自然の“雑音”がまだまだ残っていて、むしろそれに人間が合わせている部分が多い。当然、暮らし方はまったく異なりますよね。
小さな村で何世代にもわたって田植えを生業としてきた人の暮らしを、都市で生まれ育った人が知識として想像するのと、実際に田んぼに足をつけて理解するのとでは全然違う。地方の人にとっての都会の暮らしも然りですが、身体性を伴ってはじめてわかることがある。
地方を訪れる際は、現地を案内してくれる人がいると、リアリティをもって、その土地で暮らすとはどういうことなのかが見えてくると思います。外からくる人と、地元の人がつながる仕掛けが世の中にもっと増えていったら良いなと。
——地方と都市、二項対立で描かれることが多いですが、実際に足を運んで、現地の人と言葉を交わすことで、自分の暮らしの延長に感じられ、お互いの捉え方も変わっていく気がします。
工藤 新技術やライフスタイルなど、地方の将来像を想像するうえで、都市側から示されるキーワードはたくさんあります。
一方で、地方に残る「人間は自然の一部として暮らしている」という感覚は、私にとって次世代に引き継いでいきたい“豊かさ”です。
一日の暮らし方。次にくる季節への備え方。自然と共生しながら、自分の暮らしをつくる。各地域に根づくこの感覚は大切にしたい。都市と地方という垣根を越えて、つながる場づくりを続けていきたいと思っています。
「MY BEST MUJI〜お気に入りの品〜」
海外出張に欠かせないのが無印良品の『吊るして使える洗面用具ケース』と『種ぬき干し梅』です。『吊るして使える洗面用具ケース』は十年来、愛用していて、容量的に全部必要なものが一つに入るのが便利。アフリカへの出張が多いのもあり、吊るして使える衛生面での安心感も気に入っているポイントです。『種ぬき干し梅』は長時間移動による疲労感で酸味を欲するため、同行者に配るとすごく評判が良いんです。現地は日差しが日本の7倍ほどで目からもかなり疲れますが、『種ぬき干し梅』に助けられて、頑張ってます(笑)。
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