「『愛しあってるかい』は彼の本気のメッセージなんです」矢野顕子が読む、忌野清志郎 | MUJI BOOKS 「人と物」シリーズ

「『愛しあってるかい』は彼の本気のメッセージなんです」矢野顕子が読む、忌野清志郎 | MUJI BOOKS 「人と物」シリーズ

おたより/きくみるしる

2026/03/07

随筆家、詩人、映画監督など、くらしを見つめた文化人を取り上げ、「人と物」の視点からその人の残した言葉を届ける、MUJI BOOKS 文庫本「人と物」。毎回ひとりのゲストに、シリーズの中から一冊を読んで、語ってもらう連載。
第9回の本は『忌野清志郎』。ロックバンドRCサクセションの主要メンバーであり、日本のロック界の先駆者。そして、家族や仲間に大きな愛情を注ぎ込んだ人。1980年代からの友人だというシンガーソングライターの矢野顕子さんが、本書から読み取れる彼の内面と、親しい人たちの前で見せていた姿とを重ね合わせながら、大衆に愛されたロックスターの素顔を語る。
(取材と文・綿貫あかね 撮影・田上浩一)
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読んだ人・矢野顕子

やの・あきこ 

'76 年「JAPANESE GIRL」でソロデビュー以来YMOとの共演など活動は多岐に渡る。rei harakamiとの「yanokami」、森山良子との「やもり」をはじめ、YUKI、上妻宏光など、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも多い。
'24年9月、ジャズピアニストの上原ひろみとともに、ライヴ・レコーディングを開催し、その模様が収録されたアルバム『Step Into Paradise』を12月に発売した。アルバムは第39回日本ゴールドディスク大賞において「ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」、MUSIC AWARDS JAPAN 2025にて最優秀ジャズアルバム賞を受賞した。'25年、毎年冬の恒例である「矢野顕子さとがえるコンサート」が30回目を迎え、全国6都市を巡るツアー最終公演の東京・NHKホールは満席となった。'26年7月に、ソロデビュー50周年を迎える。


家族や友達、仲間、ファン、そして世界中の人々へ、ありったけの愛を込めて歌う

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【忌野清志郎】

いまわの・きよしろう 1951年、東京都中野区生まれ。国分寺市育ち。中学時代からエレキギターやフォークに傾倒し、高校時代にロックバンド・RCサクセションを結成。70年にデビュー。ライブハウスなどで活動し、80年、『雨あがりの夜空に』や『トランジスタ・ラジオ』がヒット。82年、坂本龍一とのコラボレーションで『い・け・な・いルージュマジック』を発表。曲を提供するなど、さまざまなミュージシャンと交流した。91年のRCサクセション活動休止後は、俳優や絵本制作にも挑戦。サイクリストでもあった。2009年逝去。
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MUJI BOOKS 文庫本 「人と物20 忌野清志郎」

忌野の紡ぐピュアな言葉は、歌詞だけでなく多くの著書でも読むことができる。本書では2009年刊行の私小説『十年ゴム消し』(河出書房新社)や、06年のエッセイ集『サイクリング・ブルース』(小学館)、没後に出版された『ネズミに捧ぐ詩』(KADOKAWA)などを底本に、詩やエッセイを抜粋構成。図版は1995年の『忌野清志郎画報 生卵』(河出書房新社)から転載している。「くらしの形見」の冒頭に掲載されているノートの一部を、そのまま図版化した「高校時代のノート『忌野』」の章は見どころのひとつ。

自転車が大好き。子どもを守るために50歳を過ぎてから再びサイクリストに

「初めて会ってから、割とすぐに打ち解けたんですよ。まるで小学校の同級生みたいな感じで。そこには、大人になってからの友達だとよくある、お互いの立場とか性別だとかの線引きが何もなくてね。だから初期の段階からわたしは“きよしちゃん”、向こうは“アッコちゃん”。そう呼び合っていました」

生前の忌野清志郎と矢野顕子さんは気心の知れた仲だった。同じミュージシャン仲間としてライブをするなど、ともに仕事をするのはもちろん、オフのときでも気の置けない友達としていろいろな交流があったという。

「たとえばこの本に、自転車の写真やエッセイが出てくるでしょう? わたしも『自転車に乗ろうよ』って何回も誘われました。それで、ちょっとでも興味を示すようなことを言うと、『じゃあ一緒に買いに行こう』『乗るための道具は全部俺が選んであげるから』って言うの。『いや、だけどさあ……』ってわたしは言うんだけど、『もういつでも言って』って。そういう感じでした」

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仕事場まではできるだけ自転車で移動。ときには四国八十八ヶ所巡りなど、輪行旅も楽しんだ。

 本書の「Anywhere, Anytime, [自転車と暮らす]」という章には、中学生の頃にドロップハンドルのロードレーサーにはまり、実家のあった国立から秩父の親戚の家まで片道約35km走ったが、帰りのことを考えていなかったため(!)、ヘトヘトになった話や、50歳で子どもを守るための体力づくりとして再び乗り始めたことなどが書かれている。焦らず急がず、常に余裕を持つことを心がけていたという、彼のゆるい暮らしを支えていたのが自転車だった。

「本の最初のところに彼がよく乗っていたオレンジ号が載っていて、久しぶりに見ました。こういう写真の挟み方がいいですね」

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冒頭の「くらしの形見」に出てくるオレンジ号。イギリスのアンプの色を参考に、ペイントしてもらったというフルオーダーの愛車。

出会いは、ヘンタイよいこバンドのライブでのセッション

 大衆から親しみを込めて“清志郎”と呼ばれていた彼。矢野さんとはどのように出会ったのだろう。

「1980年代にパルコ出版から『ビックリハウス』というサブカルチャー誌が出ていました。そこに『ヘンタイよいこ新聞』というコーナーがあったんです。糸井重里が主宰で、面白い若者たちが集まって好きなことを言い合う人気のページでした。82年にそれを基にしたライブをやろうという話になって、そのためにヘンタイよいこバンドというのが結成されました。メンバーはヴォーカルが忌野清志郎と糸井重里、ギターはCHABO(仲井戸麗市)、キーボードが坂本龍一とわたし、ドラムが鈴木さえ子といった面々で、高輪プリンスホテル内の結構大きな会場で行うことになって。清志郎とはたぶんそのときに初めて会ったんじゃないかな」

 ヘンタイよいこバンドは、いま思えばとても豪華なメンバーだった。RCサクセションは『雨あがりの夜空に』や『トランジスタ・ラジオ』とヒットが続いていたし、矢野さんの『春咲小紅』はCMソングになってテレビから頻繁に流れてくる。二人とも世間から押しも押されもしない人気ミュージシャンとして認識されていた頃。

「そのライブで清志郎が、『ひとつだけ』っていうわたしの作った歌を歌いたいと言うんです。ところがあの曲は、コード進行が非常によく変わるので難しい。とくにギタリストにとっては相当練習しないとできない曲だった。でもCHABOがものすごく頑張って弾いたんですよ」

 同じ年に、清志郎は坂本龍一とのコラボレーションで『い・け・な・いルージュマジック』を発表。こちらもCMソングとなり大ヒットした。

「あの曲を録音したときも、わたしはスタジオにいました。だから一緒に仕事をするようになったのもあの頃だと思いますね」

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昼夜構わず、ファックスで延々と送られてくるロール紙の絵

 仕事場で会っておしゃべりしたり、電話で話したりというのはよくしていたという矢野さん。彼についての印象的な出来事をたずねると、長い長いファックスが来た話をしてくれた。

「清志郎からのファックス攻撃が頻繁だった時期がありました。わたしは送らないんだけど、何か思いつくと彼のほうから昼夜を問わず送ってくる。ファックスってセットされたロール状の感熱紙に印字されて出てくるでしょう? そのロール紙にずーっと絵が描いてあって、最後に『元気?』とか書かれていて。そういうのを、紙が切れるくらいまで送ってくるんです。重要なことは何ひとつ書いてなくて、他愛もないことばかりなんだけど、そういうところも面白かった。感熱紙は時間が経つと絵とか文字が消えてしまうから、いま思うとコピーを取っておけばよかったなって」

 清志郎は絵を描くのが好きだった。アルバムジャケットや書籍のカバーに自分の絵を使ったり、画集を出版したりしている。この本でも「忌野清志郎の言葉」の章で《漫画家になりたかったよ》(P26)というフレーズが出てくるし、「くらしの形見」では娘をモデルにした油絵を見ることができる。

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1997年に描いた油絵「レキントギターの少女I」。娘をモデルにしている。描くこと自体を楽しみ、あまり飾ったり人に見せたりはしなかった。

 中面でも自画像(P100)、魚のイラスト(P139)、イラストを描いたウクレレ(P29)、愛用していた油絵のパレット(P27)などを掲載。また「高校時代のノート『忌野』」の章に出てくる、授業中に描いていた絵や漫画もユニークだ。

「彼はもともと絵描きでした。音楽をやりながら、ずっと描き続けていたみたい。だから本当はいろいろなことを文章で表すよりも、絵のほうがはるかに簡単だったんじゃないかな。そういえば一緒に絵本を作ろうという話もありました。彼が体調を崩して結局実現しなかったのが残念です」

家族への惜しみない愛と、本気のメッセージ「愛しあってるかい」

 本書を読むと、《彼女の笑顔より貴重なものなんて ありません。ありえません》(P37)など、清志郎の語ることの端々に、恋人や友達、仲間への愛が感じられる。特に家族には深い愛を注いでいた。《俺は息子が可愛くて仕方がなかった。今までのどんな恋人よりも 比べものにならないくらい可愛かった。どこへ行くのにも一緒だった。ステージに一緒に出たときもあった》(P21)とあるように、とてつもなく子煩悩だった。

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溺愛する息子との記念写真。(右ページ)1993年の息子の入園式ではお揃いのピンクのスーツで。(左ページ)1995年の入学式では紺色のスーツを着用。近所の写真館で撮影した。
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 「『十年ゴム消し』など彼の本は全部読んでいるから、この『忌野清志郎』に載っている詩やエッセイはほとんど知っています。『買い物』は、お母さんのことを書いている詩。確か最初は雑誌に掲載されていて、わたしはそのページを切り取って持っているんですよ。というのも、いつか曲をつけようと思っていて。そのくらいこの詩は大好き。彼は家族に対して非常に愛情深い人で、子どものこともよく話していました。『あんなに可愛かったのに、最近は口もきいてくれない』とかしょっちゅう言っていて。毎年の年賀状の図柄は、家族や子どもたちとの写真を使うのがお決まりで、こっちは届くたびに『もうこんなに大きくなったんだ』って驚かされていました。たぶん全部保管してあると思います。わたしに対しても、仕事のこととかで『どうしたらいいかな』と相談すると、ものすごく親身になってくれてね」

 そして、その愛は身近な人だけでなく、世の中の人々すべてに向けられていた。それは彼の歌からも感じ取ることができる。

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清志郎といえばこのセリフ。人によってはくすぐったく感じるかもしれないが、本人は心からそう願いながら毎回ステージから語りかけていた。

「清志郎がステージ上からもよく言っていた『愛しあってるかい』っていうのは、単なるスローガンではなく本気なんです。本当にそう思って言っている。すべての人が幸せであるように、世界が平和であるようにということを本気で思っていた人。THE TIMERS(RCサクセションが反原発の内容を歌ったシングルとアルバムをレコード会社が発売中止にし、それに疑問を持った清志郎が結成した覆面バンド)の活動で、反原発の姿勢を取ったり警察を揶揄やゆしたりしたときは、そのやり方に反対する人もいたけれど、彼はそういう態度も含めて全部自分の表現だと理解していた。わたしは彼のやり方をすべて肯定していたわけではありませんが、その背後にあるきよしちゃんという人間が好きだった。そういう彼の人間としての品性みたいなものは、彼の歌を聴いていれば誰しも感じるんじゃないでしょうか」

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1988年に結成され、歌詞やその活動で物議を醸したTHE TIMERS。予告なくライブに現れる覆面ゲリラバンドで、ヘルメットに黒い眼鏡をかけた清志郎がZERRYという名前でステージに上がった。
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1990年の『PLAYBOY 日本版』から。反戦の姿勢で、みんなの幸せを祈り平和を望んでいた。

誰でも聴き取れるわかりやすい歌詞。言葉の力を本当に知っていた人

 自分の主張をしっかり持っていること。そしてそれを口に出して実際に伝える勇気を身につけていること。決してすべての人に受け入れられるわけではなくても、大事なことは言葉にして言う人だった、と矢野さん。

「彼の歌は、歌詞が全部聴き取れるでしょう? 彼の言っていることがちゃんと聴こえる。いまは歌詞カードを見ないと何を言っているか聴き取りにくくて、何が言いたいのかもよくわからない歌が増えています。でも、きよしちゃんが歌うと歌詞が聴き取れるし、使っている言葉もやさしいからわかりやすい。それは実はすごく大事なこと。何を歌っているかわからなかったら、歌っている人をわかろうという気にならない。でも向こうがわかるように言ってくれると、じゃあこっちも聴こうという気になるもの。だから、言葉の力を本当に知っていた人ですよね」

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清志郎とのやり取りを、過去をたどりながら訥々とつとつと話す矢野さん。二人の楽しそうな様子が目の前に浮かんでくる。

 人と人とのつながりが少しずつ希薄になり、他者への意識や尊重が欠如していくなかで、やさしさや思いやり、愛や平和の価値が軽んじられるかのような現代社会。いま生きづらさや孤独を感じている人に、清志郎の歌や詩、エッセイに出合って、何かに気づかされたり癒されたりしてほしいと願うばかり。

「世の中に大きな変動があったときは、きよしちゃんが生きていたらどういう曲を作っていたかなって。それはよく思います。歌に込められた愛や幸せを思う彼の精神はまったく消えていないし、表現者としていまでも世の中にとって大きな存在。そして、わたしにとってはいつまでも友達であり同志です」

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母親のことを書いた詩「買い物」。幼い頃に実母を亡くし、伯母夫婦に育てられた。2014年の『ネズミに捧ぐ詩』から。


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