「使っていた人がいなくなっても、ものはずっと生き続ける」 高山なおみが読む、佐野洋子 | MUJI BOOKS 文庫本「人と物」シリーズ

「使っていた人がいなくなっても、ものはずっと生き続ける」 高山なおみが読む、佐野洋子 | MUJI BOOKS 文庫本「人と物」シリーズ

おたより/きくみるしる

2026/02/20

随筆家、詩人、映画監督など、くらしを見つめた文化人を取り上げ、「人と物」の視点からその人の残した言葉を届ける、MUJI BOOKS 文庫本「人と物」。毎回ひとりのゲストに、シリーズの中から一冊を読んで、語ってもらう連載。
第8回の本は『佐野洋子』。絵本作家であり、優れたエッセイストでもあった佐野は、大人になっても子どものような率直な言葉を紡いだ人。「いまも影響を受け続けている」という料理家で文筆家の高山なおみさんが、意外ともいえる共通点や、かけがえのない独特の持ち味を紐解く。
(取材と文・綿貫あかね 撮影・田上浩一)
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読んだ人・高山なおみ

たかやま・なおみ 料理家・文筆家。1958年、静岡県生まれ。2016年、東京から神戸・六甲へと移り住む。エッセイや料理本、絵本など、さまざまな本を手がけている。著書に『となりのオハコ』(扶桑社)、『空気が静かな色をしている-日々ごはん2021.7→12』(アノニマ・スタジオ)、『毎日のことこと』(信陽堂)など多数。


子どものように、体が感じたその状態を詳細に書き綴った嘘のない言葉

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【佐野洋子】

さの・ようこ 1938年、中国・北京生まれ。6歳で大連に転居し、1947年に日本に引き揚げる。48年に最愛の兄を亡くす。58年に武蔵野美術大学デザイン科に入学。62年に卒業後、白木屋デパート宣伝部に勤務。67年、ベルリン造形大学でリトグラフを学ぶ。73年、絵と文を手がけた『すーちゃんとねこ』(こぐま社)を出版し、絵本作家としてデビュー。77年に刊行した『100万回生きたねこ』(講談社)が大ヒット。代表作となり現在もロングセラーを続けている。82年に出版した『私の猫たち許してほしい』(現在ちくま文庫)を皮切りに、多くのエッセイ集を刊行。小説も手がけた。2003年に紫綬褒章、04年、エッセイ集『神も仏もありませぬ』(現在ちくま文庫)で小林秀雄賞を受賞。2010年逝去。
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MUJI BOOKS 文庫本 「人と物4 佐野洋子」

1990年に文庫化された『私の猫たち許してほしい』や92年の『アカシア・からたち・麦畑』(ともにちくま文庫)などから抜粋した「佐野洋子の言葉」をはじめ、挿絵やエッチング、没後に発見された原画を掲載。また、95年の『ふつうがえらい』や2009年の『覚えていない』(ともに新潮文庫)などを底本としたエッセイ10編を収録。冒頭の「くらしの形見」では、使い込まれた愛用品の写真から仕事や生活の様子がかいま見える。

最愛の兄について書かれた小説『右の心臓』を何度も読み返す

「わたし、洋子さんが生きていたら叱られたかった。『何やってんの。あんた、まだまだじゃん。何してんの?』って言ってほしかったなと思うんです」と、しみじみと残念がる高山なおみさん。佐野洋子作品とどんな出会いがあったのだろう。

「洋子さんの本を最初に読んだのは、『右の心臓』(現在小学館文庫)でした。母が幼稚園の先生をしていたこともあって、もちろん絵本『100万回生きたねこ』は読んでいますし、母の蔵書だった『だってだってのおばあさん』(フレーベル館)は受け継いで持っています。でも、わたしはやっぱり『右の心臓』に思いがあって」

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少女だった佐野から見た、一家の山梨での生活を描いた自伝的小説『右の心臓』(左)。『アカシア・からたち・麦畑』(右)は自身の生い立ちから青年期までの日常を綴ったエッセイ集。

 いまは文庫本のほうが手に入りやすいが、高山さんが愛読している『右の心臓』は、リブロポートから出版された単行本。本を開くと扉の前に、玉ねぎの皮のような薄紙が挟まっているというきれいな装丁だ。

「タイトルの右の心臓というのは、幼い頃に亡くなった、洋子さんのお兄さんのこと。体が弱く、生まれつき心臓が右側にあることを含め、洋子さんにとってお兄さんはとくべつな人でした。絵を描くのが大好きで、描いているところを洋子さんはじっと眺めているだけ。いつもくっついて歩いていたそうで、まさか自分が将来絵を描くことになるなんて考えられなかった。でも、その最愛のお兄さんは、11歳で亡くなってしまうんです」

『右の心臓』は佐野の初めての自伝的小説。父の仕事の都合により中国で生まれ育った佐野は、終戦後に一家で日本に引き揚げてきて、伯父の住む山梨に身を寄せた。戦後の動乱期を生きる大家族の暮らしを、小さな女の子の目線で描いたその小説に、兄とのエピソードがいくつも語られている。

「それこそ心臓が右にあるようなとくべつな人じゃないと、絵は描いちゃいけないくらいに洋子さんは思っていて、自分が絵を描くなんて申し訳ないような気がした、というような思いをいろいろなエッセイで書いています」

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猫好きとして知られ、猫を題材にした作品を多く遺した。

何でも口に入れて実感した味や食感。体から生まれる嘘のない言葉

「わたしなんて……」と、あまり高くない自尊感情を心の奥にしまっていたのとは反対に、一般的には恥ずかしくて隠しておくような嗜好を開けっぴろげに書いていることに、高山さんは驚いた。

「洋子さんは、落ちている石とかビー玉やおはじき、布団カバー、セーターの袖、鉛筆のお尻、そういうものを口に入れて咀嚼したときに感じる味や食感について、事細かに描写しています。たとえば布団カバーを噛むと木綿の少し汚れた味がしたとか、布団の角についている人絹(レーヨン)の房飾りは咀嚼するとドロドロに溶けるとか、セルロイドの下敷きは思い切り噛むと熱くなって口の中が燃えるような味がするとか。それを読んだときに『ああ、その味、食感、すごくわかる』と思ったんです。わたしもそういうことをしていたから」

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一家が住んでいたのは北京の胡同フートン(旧市街の細い路地)にあった家。その中庭で撮られた、2歳くらいの頃の写真。

 誰もが幼少期に、みっともないからやめなさいと大人から注意されていたような、そういう子どもじみた行為を、佐野は平然と文章にしている。

「小さい頃の自分と似ていて共感したと同時に、そういう恥ずかしいと思うようなことを、堂々と書いてもいいんだと教えてくれた。わたしも何かに気づくときは、口の中で感じる味や食感、匂いの感覚が基準になっているし、自分の実感を信じている。音や色を見て味がするんです。たぶん洋子さんもそうだったのではと勝手に思っています。小さい頃からその感覚が抜きん出ていた。だから、洋子さんの書くものは、それが下敷きになっているような表現で、体を使った文章だと感じます」

『右の心臓』ではその感覚が細かく描写されている。子どもの視点で物事を真っ直ぐに見ていて、嘘がなく信頼できる表現だ。

「匂いや味を表すときに、おいしいとか酸っぱいとかではなくて、『いい気持ちの匂い』という表現をする。体全体の表現だから、そのひと言で情景が浮かんでくるんですよね。そういう感覚がとてもわかる。出来合いの言葉や言い回しに頼らずに、ほんとうはどうなのかという状況をとことん書く。これは武田百合子さんにも共通します。わたしは、洋子さんと武田百合子さんがとくべつに好きなんですが、二人とも状態を伝える書き方をしますよね。どういう状態なのかを事細かに嘘なく伝えれば、感情的な表現をしなくても、感情を伝えられる。わたしもそう信じています」

 大人になるとおかしなことでも、適当にごまかしたり嘘をついたり。しかし佐野は子どもの目を生涯持ち続けた稀有な人で、その率直さでもって言葉を紡いだ。「許せない」「そりゃ変だ」「間違っている」と、気になったら言わずにはおれない。自分の体が受け取ったものを信じているからこそ、見たもの、感じたものから生じた感覚は決して曲げない。

「洋子さんの文章を読んで『これでいいんだ』と思えたのは、わたしにとってとてもだいじなことでした。10代や20代の頃は恥ずかしくて隠していたけれど、いまはエッセイに書ける。ただ食い意地が張っているだけでずっと自信がなかったけど、料理家になったから清々と食いしん坊でいられる。だから、洋子さんの本に出会えたのはほんとうに大きかった。とても影響を受けました」

どこかに“欠け”を持っているから、それが強みに

「洋子さんの本は、『右の心臓』と初期のエッセイ集『アカシア・からたち・麦畑』が大好きで、繰り返し読んでいますが、この本に収録されている文章は初めて読むものが多く、新鮮でした」と、高山さんは手もとの『佐野洋子』をめくる。

「前半の『佐野洋子の言葉』の章に出てくる、《表紙から表紙裏まで読み終わったときに 一つの世界が完結するようなものだと思いながら、私はつくっているんです》(P26)というのは、わたしも同感です。同じ章の《何故子どもの絵本を描くのか。多分、それは、私の欠陥のためかも知れない。あらゆることが、自分の子ども時代にかえってゆく》(P15)という箇所にも目が留まりました」

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著書『私の猫たち許してほしい』の「うそ話を」というエッセイから。

「“欠陥”って書いているでしょう。“欠け”を持っている。洋子さんは自分のことをどうしようもない人だと知っているんですね。わたしも自分のことをそう思っているから、そこも響きました。その欠けは、一種の強みだとも言えます。自分にも欠けの空洞みたいなものがあって、それを抱えたまま生きている。完璧じゃないということは、まだ知らない新しいものを、その空洞に取り入れられるということです」

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1979年に出版された絵本『わたし ねこ』(岩瀬成子著、理論社)の挿絵の原画。

使っていた人がいなくなっても、ものはずっと生き続ける

佐野洋子』には本人が使い込んだ愛用品の写真が多数掲載されている。高山さんはそれにも惹きつけられた。

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(右ページ)ほとんどの水彩画は、このホルベインの固形水彩絵の具を水で溶いて描いていた。(左ページ)ニードルで描いた裸婦の銅版。ここにインクを乗せて紙に転写し、銅版画を制作。

「わたし、こういう“もの”に弱いんです。先日、東京のちひろ美術館の『装いの翼 いわさきちひろ、茨木のり子、岡上淑子』展に行ったときも、展示されていた3人の愛用の服や靴をじっと見つめてしまいました。着ていた服や靴からその人の体温を感じ取るんですね」

 とくに美術館の1階にある、いわさきちひろのアトリエが忠実に復元されたスペースに入った瞬間、押し寄せてきた生活の匂いを浴び、これは使っていたものが生きていると感じた。

「この 『佐野洋子』 に掲載されている愛用品にも、ものが生きている感触がありました。人はいなくなってもものは生き続けるんだなと。わたしはぴかぴかした新品よりも、大切に使い込まれてきた古いものが好きですが、使われないものはやはり固くなっていく気がします」

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飾り気のなさが窺える文章。子どものように腹ばいで、自由に絵を描いているようなイメージ。

 新品でも気に入るものは非常に少ないが、好きになれば使い続け、傷んでも修繕して長く愛用する。見ず知らずの人が使っていたものでも、引き継いで自分の暮らしの一部にする。

「ときどきハッと思うのは、自分よりも、ものが歳を重ねるほうがゆっくりだということ。わたしの曽祖父も祖父も大工だったんですが、うちには祖父の作ったライティングデスクがあるんです。化粧台代わりにしていますが、そのデスクは気づくと、生まれてから150年くらい経っている。でも、普通に毎日、引き出しを開けたり閉めたりしながら使っているわけです。そういう不思議。自分の体は衰えていくのに、ものは朽ちていかない。もののほうが寿命が長いんですね」

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高山さんが自分で編んだニット。気に入っているから、糸がほつれてくると修繕して着続ける。ほつれたり穴が空いたりした箇所によっては、ダーニングをすることも。

言葉ではないものを感じること、わかることを大切に

 体から素直にぽろっと出てしまったような飾りのない文章。その言葉の何が響くかは人によって違うし、反対に通じないといったことも起こる。それでも佐野は言葉ではないものを“感じる”こと、“わかる”ことを大切にする。「ふつうがえらい」の章の『ことばは通じなくても』というエッセイでも、友達の沢野ひとしとの対話について、《大人の沢野ひとしでさえことばは全然通じない。ことばは通じなくても、ことばではないものを感じたりわかったりするのだ》(P52)と書いている。

「体から言葉が出てくる、その身体性みたいなものは、実は他者とも水面下でつながっているような気がします。だから、あちこちに散らばっている洋子さんの言葉から、みんなそれぞれに響く言葉を見つけるのでしょうね。この本は、洋子さんについて、たくさんのことが書かれています。見た目は薄いけれど、中身の厚い本だと思いました」

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インタビューは高山さんか前から訪れてみたいと思っていた、三軒茶屋の書店〈twililight〉にて。


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