きくみるしる
「知は、みんなを楽しませるもの。稀代の植物学者は実践の人でした」 いとうせいこうが読む、牧野富太郎 | MUJI BOOKS 「人と物」シリーズ

2026/06/03
江戸から明治、大正、昭和という激動の時代に日本の植物学の礎を築き、2023年度前期のNHK連続テレビ小説『らんまん』の主人公のモデルにもなった稀代の植物学者。彼を尊敬し、ドラマにも出演したいとうせいこうさんが、ユニークな経歴や前例のない研究方法から、彼がどれほどマルチな才能を持った異色の研究者であり、愛すべきキャラクターだったかを教えてくれた。
(取材と文・綿貫あかね 撮影・田上浩一)
1961年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業後、編集者を経て、活字、映像、舞台、音楽などクリエイターとして多方面で活躍。1988年に小説『ノーライフキング』でデビュー、2013年には『想像ラジオ』で第35回野間文芸新人賞を受賞(ともに河出文庫)。『ボタニカル・ライフ 植物生活』(新潮文庫)や『自己流園芸ベランダ派』(河出文庫)など、園芸にまつわるエッセイも多数執筆。牧野富太郎への熱い愛から『われらの牧野富太郎!』(毎日新聞出版)の監修も務める。
会ったことのない人をも夢中にさせる、独特のキャラクターと突き抜けた植物愛

まきの・とみたろう 1862年高知県高岡郡佐川町生まれ。酒造業を営む裕福な家に生まれたが、小学校を中退し、独学であらゆる学問を学ぶ。22歳で東京大学植物学教室に出入りし、『日本植物志図篇』を自費刊行。植物のディテールを正確に伝えたいと、印刷所に通い技術を習得。日本の植物図鑑の土台を構築した。1884年、新種の植物ヤマトグサを発見、日本で初めて学名をつける。1893年にはムジナモの日本生息を論文発表したことで、世界にその名前が知られるようになった。1957年に94歳で逝去。

「なぜ花は匂うか」「蜜柑とバナナはどこを食う」「正月の植物」など、植物の不思議について、主に
たぐいまれなる植物学者を好きになった、印象的なエピソード
園芸が好きで、植物関係のエッセイ集をすでに3冊上梓しているいとうせいこうさん。牧野富太郎への敬愛ぶりも半端ではなく、2026年刊行したエッセイ集『日日是植物』にも「俺が尊敬してやまない、大好きな植物学者」と記している。
「2006年に創刊した『PLANTED』という雑誌の、確か2号目で、ルーカスB.B.という編集者が『牧野富太郎というすごい植物学者がいる』『最高に面白い人』『彼の植物園が高知県にあるから取材に行こう』と熱心に誘ってくるから、行ってみたんです。そこで働いている人たちに話を聞いていたら、牧野のことを話しているときの彼らの目の色が違う。とにかく全員が牧野先生を尊敬している、その姿にまず感動しちゃった」
ひと際印象に残っているのは、その場で急に思いついた撮影を、作り手側に寄り添う形で許可してくれたこと。さらにはそれが、植物園のスタッフでさえ忘れそうになっていた牧野のキャラクターを思い起こすきっかけになった。
「この本にも載っている、植物図を描く晩年の姿の写真を参考にして作った蝋人形が植物園にあるんですが、ルーカスがそれを見て『この人形を写真に撮ってカバーに使いたい』と言い始めたんです」

「というのも『PLANTED』1号目のカバーが塗り絵だったから、2号目もそれを踏襲して、その写真で牧野が塗り絵で遊んでいるみたいに見せたい、と突然思いついたらしくて。それで僕らスタッフは『ダメだよ、そんな勝手なこと』とルーカスをたしなめたんだけど、彼は『お願いしてみなきゃわからない』と言って、広報の人に頼んでみたわけ。それを聞いた広報の人はハッとしてどこかへ行き、しばらく待ったら許可が下りた。それですごくいい写真が撮れたんです。
その夜に会食の席でその話になったら、広報の人が『牧野先生はもともと現場でのひらめきや、意外性のあるアイデアを面白がって、すぐにやってみようとする人でした。それをわたしたちは知っているのに、偉人として祭り上げていた。きょうそのことに気づかされました』と急に泣き出して。それからです、僕の牧野好き、牧野植物園好きが始まったのは。『こんなふうに慕われる牧野富太郎、なんという爺さんなんだ!』と胸打たれて」

各地で植物愛好家たちとともに採集する、斬新な研究方法
本人に会ったこともない植物園のスタッフを、それほどまでに惹きつける牧野富太郎は、とにかく何事においても規格外の人物だった。
「まず生涯で集めた標本の量、蔵書の量が尋常じゃないんです。積極的に外に出て植物を集め、標本を作っているけれど、独学なのに知識の量が膨大。人間は屋外で活発に活動する人か、室内で静かに本を読む人か、どっちかに分かれるものだけど、この人は『いつ寝ているの?』というくらい両方をフルでやっている。
幼少期に小学校がつまらなくて辞めてしまうんですが、あまりにも勉強がよくできるから、15 歳でその小学校の教員になったり。東大でも学位がないのに誰よりも植物に詳しいから、理学部植物学教室の教授に呼ばれて助手のようなことをして、最終的に博士にまでなったり。通常の人を超えるその超え方のスケールが大きい」
その上で正しく評価されてほしいと願うのは、牧野の独特の研究手法と人材育成能力。全国の植物好きの人に愛好会を作ろうと呼びかけ、その土地に暮らす人たちと地元を歩き採集を行った。
その場で何の植物か、どういう特徴があるかなどを質問されると即座に答えたり、スコップでの採集の仕方や新聞紙への挟み方を教えたり、というような直接的な交流を図ることで、植物をみんなが愛するように導いていく。そして植物が愛好の対象であり、研究の対象でもあることを人々に根付かせた。



「そんなスターの植物学者が一緒に歩いて採集してくれるとなったら、各地の植物愛好家たちも牧野のことが大好きになるでしょ。逆に言うと、牧野ひとりで採集するには量が多すぎて寿命が尽きちゃうから、その人たちに頼んで、地元で見たことがない、図鑑にも載っていない植物を見つけたら送ってください、と全国に呼びかけて集めたんです」
また、愛好家のなかには、牧野との交流から植物学の専門家になった人物もいる。
「高知県立牧野植物園の園長だった方や、現在では植物学の大家といわれる人が、中学生のときに牧野にファンレターを出したことで手紙の行き来が始まって、最終的に専門家になったという経緯があるんです。牧野は植物が好きだから、植物が好きな人も好きという人。だから目をかけたくなったんじゃないかな。そういう人材育成を行った教育者でもあったわけです。この本の写真を見てもわかりますが、しょっちゅう宴席で踊ったり、下ネタ的な都々逸を作ってみんなをわかせたり。ものすごくサービス精神が旺盛で、器の大きな人だったんでしょうね」

編集やデザインのセンスが傑出しているから、どの標本もかっこいい
《わたしは九十年という長い年月のあいだに 数多くの植物
牧野が制作した50万の標本の一部がこの本にも掲載されている。驚くのが、どれもデザインが素晴らしいこと。植物の配置が大胆で、空間や文字とのバランスが秀逸。

「東京都立大学 牧野標本館には国内外の植物学者の手による標本が収蔵されていて、とくべつに見せてもらったことがあるんですが、牧野の標本は一発でわかる。もうアートみたいでものすごくかっこいいんです。標本は必ず花や葉の表裏、根などひとつの植物のすべての要素を一枚の紙の上で表さないといけない。しかも弱いものは採集してすぐに新聞紙に挟む必要があるから、直感で紙の上に置いていったはずです。それなのにこのかっこよさ。さらにすごいのは、植物のスケッチ。これも非常に細かいところまで描いていてめちゃくちゃうまい。もう惚れ惚れします」
言葉の選び方も抜群。見つけた新種の植物の名をいくつか命名していて、なかでも最愛の妻、寿衛子の名前をつけた「スエコザサ」は有名だ。《妻が重態のとき、仙台からもって来た笹に新種があったので、私はこれに「スエコザサ」の名を付し、「ササ・スエコヤナ」なる学名を付して、発表し、この名は永久に残ることとなった》(P139)。
「万葉集に書かれた植物を拾い上げて調べた本を出しているくらい、文芸にも詳しい。学校には行っていなくても、植物と名がつけば全部勉強したんじゃないかな。牧野植物園の大きな図書室で、牧野が買い集めた本がぎっしり詰まっている書棚から、何か面白い本がないかなと探したときに、社交ダンスの本を見つけたんです。なぜ社交ダンス?と思って中を開くと、ちゃんと書き込みがある。それで、これは踊って見せてみんなを喜ばせたんだと確信しました。そういう知に対する欲望が底知れない。そしてその知は人を楽しませるためのものだったんだなって」
そのマルチな才能は、まるで編集者やアートディレクタ―のよう。何となくいとうさんと似ている気がしてくる。
「いや、僕は絵は描けないし、愛好家の人と一緒に歩き回るようなサービス精神は持ち合わせていないから。この人は植物の雑誌を作るときに、タイトルの文字とか絵も描くし、デザインも全部自分で手を動かすんですよね。今で言うZINE制作みたいなものだけど、それを作りたいがために、印刷技術を習得しに印刷工場に修業しに行っちゃう。印刷技術を知り尽くして雑誌を作るって、編集者でもそこまでやる人はなかなかいないでしょう。だから雑誌編集の神様でもあるんだと思う」
植物は描くのも育てるのも、ひたすら観察するのが大命題
スケッチの緻密さから、編集というメタ的な視点のほか、微細なものを見分ける目も、あり得ないレベルで持ち合わせた人だと受け取れる。
「牧野はひとりで遊んでいるような子どもで、生家近くの小さな神社で植物を観察していたらしいんです。僕はそこに行ってみたんですが、神社の階段の傾斜がものすごく急で、子どもが登ったら小さな草花とか苔とかが目の前に見えるんですよ。草花の毛の生え方、葉の位置、それが季節の移り変わりでどう変化するか、彼は顕微鏡みたいな目で観察していたんでしょうね。僕が出演したNHKの番組で、牧野の絵と植物の8K映像とが比較されていましたが、寸分違わなかった。つまり8Kの目ってこと。すごくないですか?」

牧野ほどの眼力は必要ないが、いとうさんは植物を健康に育てるのも観察することが大切、と自身の新著『日日是植物』で繰り返し書いている。
「毎日のように植物を間近で見ていると、色がちょっといつもと違うとか、棘があるはずじゃなかったのとか、なぜか髭が少なくなってきたとか、実はいろいろな変化があるのに、人間は気づかない。自分のいいようにしか見ていないんですよ。だからとにかく観察です。それは牧野のような超人的な眼力を持っていなくても、注意深くさえいれば大丈夫」

また枯らしてしまったと落胆しても、興味深い植物を見つけると嬉々として育て始めてしまうルーマー(室内園芸家)でありベランダー(ベランダ園芸家)のいとうさん。
ここ数年の度重なる引っ越しで、植物たちの生育環境が激変。しかし枯れるのは育て方のせいだけではなく、毎夏の灼熱、つまり地球温暖化が原因では? ということが如実に現れ始めたいま、園芸愛好家はどう対処すべきか。
朝顔ですら花を咲かせない暑すぎる夏について、真剣に考えざるを得ないと静かに警鐘を鳴らす。ちなみにいとうさんご本人を描いた表紙イラストは牧野富太郎のポートレートからイメージしたそう。


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